1章 赤い石 (1/2) ~ 面倒でおかしな旅の道連れ

1 赤い石

 

 

「ここは子供の遊び場じゃないぞ」

酒場の店主は、注文の品をカウンターに置くついでに嫌味を言った。

むかいに座っていた幼な顔の少女は、ドキリとしつつも、一応左右を確認した。両隣に客はいない。やっぱり自分が言われているのだ。

「私、十六よ。童顔だから子供っぽく見えるけど」

そうは言ったが、本当はまだ十三歳だ。ララは疑われないよう、不機嫌そうな表情を作ってみせた。髪の薄い店主は、それでも疑わしげな目をむけている。

「ちゃんとお金だって払ってあるじゃない。食事しにきただけだからお酒は頼まなかったけど、普段はお酒もタバコもやるんだから」

ポケットからタバコを取り出し、口にくわえて魔法で火をつけた。肺に煙が入らないように吸ってみせる。店主は納得したわけではなさそうだったが、ほかの客が呼んだので、肩をすくめながらそちらの注文を取りに行った。

店主が目を離すと、ララはすぐに煙を吐きだし、タバコの火をもみ消した。興味本位で一本だけ持っていただけで、タバコをやるなんていうのは嘘だ。煙たくて吸えたもんじゃない。

一人で酒場に入ったのだって、本当は今日が初めてだった。

歳を偽って酒を飲みにきたわけではなかったから、目の前にあるのは好物の糖蜜プリンだけだ。でも、せっかく頼んだおいしそうなおやつも、緊張でほとんどのどを通らない。どんなに取りつくろっても、十三歳の少女にとって、酒場は未知の領域だ。そんな場所にあえて一人で乗りこんだのは、人を探すためだった。昨日の夜、旅の道連れとケンカ別れしてしまい、目的地に行くための新しい案内役を、急きょ探さなければならなくなったのだ。

ララは気持ちを落ち着けようと深呼吸をし、かえってよどんだ空気を吸いこんで咳きこんでしまった。真っ昼間から、店の中はむさ苦しい男たちでいっぱいで、タバコの煙がもうもうとしている。ララのように食事だけの客もいるし、酔っている客もいる。テーブルをかこんで賭け事をしている客もいた。ほとんどは地元の人間のようだったが、見るからに旅人のようなのも何人か混じっていた。あの中に、自分と同じ目的地の人がいるかもしれない。

ララは気をとり直して、背筋をのばし、短めのスカートをはいた足を大人っぽく組んでみた。木いちご色のゆるやかな巻き毛を、薄紅色のマニキュアをした指で掻きあげてみたりもした。実はこのマニキュアも本物ではなく、赤い花弁をすりつけて爪を染めていた。同じものを唇に塗って、口紅のかわりにしている。色は薄いが、それらしく見えるのだ。

めくれあがったスカートの裾を引っぱりながら、人の群れを観察した。でも、口うるさい店主以外、おめかしをした自分に注意を払っている人は見当たらない。

やっぱり自分から声をかけなきゃダメかな?

想像しただけで、ララの頬は真っ赤になってしまった。澄まし顔をしていても、動揺は隠しきれない。カウンターの下では、床に届かない足を無意識にぶらぶらさせたり、何度も組みかえたりしてしまっていた。

「君、一人?」

そう声がして、驚いて飛びあがりそうになった。
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1章 赤い石 (2/2) ~ 襲撃者の影

 

 

しばらくして、トゥミス帝国とマヌ王国の国境である〝大地の裂け目〟に到着した。

今立っている帝国側はぎりぎりまでサトウキビ畑がつづいていて、崖っ淵には柵もなにもない。突然世界の果てのように地面が途切れ、それが見渡す限りつづいている。

崖に近づいていくと、世界の果てのさらにむこう側の世界が見えた。むせ返るような緑のジャングルがどこまでも大地を覆いつくし、黄土色の濁った大河が、緑の中に横たわる大蛇のように、堂々と蛇行していた。隙間なく木々の生い茂っている中から、時々ひょろ長い木が突き出ていて、そのあいだを赤い尾長インコの群れが飛び交っている。はるか彼方に、なだらかな稜線を描いた活火山がどっしりと構え、頂上からは今も煙が立ち、煮えたぎったマグマの流れる赤い色がここからでも見える。

まるで太古の風景だ。

ララはカラスのあとについて、その断層にそって造られた数少ない階段を下りはじめた。岩壁を荒く削り出した狭い階段で、風化しかけたようないびつな段差が下までジグザグにつづいている。もともと一人分の幅しかないが、時折壁に張りつかなくてはならないほど狭くなっているところや、急になっているところがあるので、馬などで進むのは無理そうだ。今から二十年近く前、トゥミス軍はこの断層と、その先の過酷なジャングルのために、マヌ王国への侵略を断念した、と戦史に書いてあった。

山一つ分の高さはありそうな、信じられないほど長い階段を下りていくと、崖の地層が、暗灰色や黒や黄土色などに、移り変わっていくのがよくわかった。それが幾重にも積み重なって、波打った縞模様になっている。

「ここにある地層で一番古いのは、二十億年も前のものなんだって」

と、カラスがどこかで仕入れた知識を教えてくれた。

一歩下りるごとに、時代をさかのぼっているようだ。

ひたすら下りつづけたのに、一番下に着くころには、だいぶ日が傾いていた。

断層の上と下では空気が違う。下はなんだかすごくジメジメしていて、蒸し暑い。生えている植物も違っていて、見たこともない植物ばかりがひしめきあっている。大人が五人手をつないで輪を作ってもかこみきれないような巨木が何本もある。上から見下ろすと緑の絨毯のようだったが、下から見上げると天空を支える柱のようだ。その木の根が地面を覆っていて、平たんな場所は少しもない。根と根の間のくぼみには温い水がたまっていたり、シダが群生していた。始終、鳥やら猿やらの鳴き声が聞こえてきて、かなり騒々しい。

虫除けのレモンのような香りのする香油を全身に塗り、道なき道を進んだ。

チタニアの森とはまるで勝手が違い、何度も木の根につまずいたり、ぬかるみに足をとられたりした。歩きにくいうえ、空気まで肌にまとわりついて気持ちが悪い。つねに熱い湯気にさらされているようで、汗が流れても蒸発しないのだ。

「ちょっと待って、歩くの速いよぉ」

ララはあえぎながら言った。カラスはそんな痩せぎすな体のどこにそんな体力があるのだろうか。足が長くて歩幅が広いので、木の根から根へ軽々と渡っていってしまう。

「急げ。今日中に川まで行く」

断層を離れてしばらく経つが、カラスはそのあいだ一回しか方位磁石を見ていない。後ろを振り返っても、鬱蒼とした葉に遮られて遠くまで見通せない。前も後ろも同じような木々が生い茂っているだけで、目印になるようなものなんてなにもない。大丈夫なんだろうか?

「道、あってるんだよね?」

心配になってそう聞くと、カラスは振り返らずに答えた。

「道なんかない。方向はあってる」

その答えに、ララはますます不安になった。
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