2章 ホタル草 (1/4) ~ 子うさぎの話

2 ホタル草

 

 

「あの子、目が三つついてた……」

ほとぼりが冷めたころ、ララは言った。すでにジャングルのさらに奥深くへとわけ入り、追っ手の気配はない。まっ暗でまわりがよく見えなかったが、目立たないよう明かりは持たなかった。川岸を歩くのは避け、迷わないよう水音が聞こえる程度に離れたところを進んでいく。木々が黒々と空を塞いで月も見えない。

「おばあちゃんが昔話で、古代人は肌が黒くて三つ目だったって言ってたの、聞いたことある。もしかして、さっきの子、古代人かな?」

「そんなもん、いるわけないだろ。作り話だよ。寝ぼけてたから、飾りでもつけてたの見間違えたんだ」

カラスはまだピリピリした様子で、まわりに気を配っていた。でもララの話には興味なしだ。

「ほんとに、本物だったよ。瞬きしたもん。光ってたし」

「光ってて、瞬きするような飾りだって、その気になりゃ作れるさ。同じのをマヌ王もつけてる」

「なんで?」

「古代人のフリして、いばってんのさ。国家ぐるみのペテンだ」

なんでそんなことするんだろう、と考え、ハッとした。

「じゃあ、さっきの王様?」

「んなわけないだろ。なんで王様がここにいんだ」

「おばあちゃんからあずかってる石、欲しがってるみたいだった」

「目立つからねらわれたんだろ。賊に襲われたんだ。高く売れると思ったんじゃない? 危ないから隠してとけよ」

ララはそう言われてうつむき、石のことを考えた。

おばあちゃんも、石をママ以外の人にあげたり、無闇に人目にさらしちゃいけない、と言っていた。なのに私は、石があんまり綺麗だったから、首飾りのつもりでぶら下げていた。酒場の男にも見せびらかした。

こんなことになったのは、やっぱり私のせいだろうか。カラスもそう思っていらだっているのかもしれない。

もし、ママが受け取らないか、なにかの理由で渡せなくなったときは、私が持っていることになっている。それもできないようななにかが起こったときは、信頼できる人間の手に渡るようにしておけ、とも言われていた。

でも信頼できる人間ってだれだろう? カラス? それとも、魔の森に居残っている弟子たち? それくらいしか思い当たらなかったのでそう尋ねると、おばあちゃんからは『自分で決めなさい』と言われてしまった。でも今まで一度もそのことを真剣に考えたことはなかった。そんな人が必要になるようなことなど起こらないだろう、と思っていたからだ。

まさか、寝込みを襲われて、カラスが人を刺すようなことになるなんて……

「滝壷に浮いてた人たちのこと、どうしたの?」

ララは勇気を出して聞いた。

「感電させた」

「それは見ればわかるけど……」

「気絶させただけだよ」

本当かな?
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2章 ホタル草 (2/4) ~ 世界一ごちゃごちゃした街

 

 

川沿いの道なき道は、やがて密林に埋もれかけた赤土の道になり、それが石を敷いた街道に変わってしばらくたったころ、とうとう目的の街が姿をあらわした。

肌を焼くような日差しが、ジャングルの猛威をさえぎる重厚な石の城壁を照らしている。城門の両脇には、獅子の胴体に猛禽の頭をした巨大な怪物の石像があり、鋭いくちばしを開いて、門をくぐり抜ける人々を威嚇していた。朱塗りの扉は開かれたままで、衛兵が通行人を監視していた。街道を行き来しているのはマヌ人ばかりだ。市場に卸す果物などを、荷車には載せず、牛の背に直接背負わせたり、大きな天秤で担いだりしている。街道の敷石が木の根に荒らされてでこぼこになっているので、そのほうが効率がいいようだった。外国人はめずらしいのか、すれ違い様にちらちらこっちを見てくる。なにか話しているが、マヌ語なのでなにを言っているのか全然わからなかった。

滝で襲われてから、三日かかる予定だった道のりを、大急ぎで二日に縮めたので、ララもカラスと同じくらい目の下にクマができ、汗だくで、へとへとだった。

ほかのマヌ人たちがすんなり門をくぐり抜けるなか、ララたちだけは衛兵に呼び止められてしまった。マヌ人の兵士は銃や剣のかわりに、刀を腰にさしている。金具のついた革の剣帯ではなく、布帯だ。ララは呼び止められただけで、なんとなく動揺してしまったが、カラスが一言二言マヌ語でなにか言い、拝むように両手をあわせると、すぐに通してくれた。カラスは片言だがマヌ語が話せる。前にもマヌ王国を旅したことがあって、そのとき少し覚えたのだ。

「なんて言ったの?」

「マヌ教徒のフリして『私はマヌ神を崇拝し、その御使いである王を崇拝します』って言った。ヴァータナは聖地だから国中から巡礼者が来る。ひっきりなしによそ者が来るから、衛兵もそういうのには慣れてんだよ」

「ふーん」

「マヌ人はみんなマヌ教徒だから、外人呼ばわりされて困ったことになったら、おまえもまわりと同じことを信じてるフリをして、仲間だと思わせときゃいい。マヌにはチタニアからの移民もいるし、白い肌のマヌ教徒もいる。間違ってもほかの神様を信じてるとか言っちゃだめだぞ。言葉わかんないから平気だと思うけど」

城門を抜けた途端、ものすごい数の人、人、人の海だった。三、四階建ての木造の建物がひしめきあって立ち並び、その隙間を縫うように、細くて入り組んだ街路が走っている。建物はみな、こげ茶の壁と朱色の屋根に統一され、木製のベランダには繊細な透かし彫りが施されている。狭い通りを挟んだベランダとベランダのあいだには、洗濯紐が渡してあり、色とりどりの洗濯物が強い日差しを浴びて旗のように干してあった。その下は黒い頭で埋めつくされている。雑踏は心なしか早足で、飛び交う言葉の語気も鋭く、早口に聞こえた。

着ているのは見なれない形の民族衣装だ。前合わせでボタンはなく、ベルトではなく帯びを締める。その下に、女性は丈の長いスカートをはき、男性はズボンをはくようだ。が、肉体労働をしている人の中には、男でも短いスカートをはいたり、腰巻だけで上は裸の人もちらほらいて、着こなし方はいろいろだ。足もとはサンダルが多かった。

ヴァータナは色々な意味で、ララの想像とは違っていた。以前読んだ本に『世界一美しい街』と書かれていたので、熱帯の楽園のようなところを想像していたのだ。青い海に南国の花々が咲き乱れ、日焼けした人々がヤシの木陰でのんびりと涼みながら、目にも鮮やかな果物を食べたりしているのかと思っていた。でも実際のヴァータナは不快なほど蒸し暑く、灼熱の太陽は殺人的な光線を放っていた。街中には木も花もほとんどない。たとえ建物の影に入っても、蒸し暑さからは逃れられない。異国情緒ある街並みには、それなりの風情はある。が、美しいというにはあまりにもごちゃごちゃしすぎていて、人も多すぎた。道端にはゴミも散乱しているし、雑踏に染みついたお香なのか香辛料なのかわからない妙な匂いに混じって、饐えたような悪臭もする。

しかし予想に反して、その猥雑なところもおもしろかった。もともとある飲食店や雑貨屋などの前に、さらに即席の屋台が開かれて、広げた布の上に、奇妙な果物が並んでいる。串焼きにされたコウモリや、生きたカエル。店中きんきらきんの宝石屋の前で、肉屋が蛇の生皮を剥ぎ、絞りたての生き血を客に飲ませていた。店の少年が葉のついた枝で、バナナの葉に置いたナマズにたかるハエを追い払っている。客引きの威勢のいいかけ声が、活気のある人ごみの上を飛び交っていた。

道端には、芸を披露している大道芸人もいる。歌うような口上とともに粘土の塊を飲み込むと、口からみごとな粘土細工を吐き出して、それを売っていた。子供たちが夢中になってそれを見つめている横で、大人たちも笑ったり驚いたりしながら、子供に粘土細工を買いあたえていた。ララはママのことを思いだして、恋しくなった。だけど、もうじき会える。
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2章 ホタル草 (3/4) ~ 爆弾魔!

 

宮殿の正門へとつづく広場には、神聖な石像が左右等間隔にいくつも並んでいる。偶像はどれも三つ目の半人半獣。口から出した舌が腹まで届いている人魚や、たくさんの手に刃物と悪鬼の生首を持った蜘蛛人間など、おどろおどろしい姿をした神様ばかりだ。

最高神であるマヌ神だけは広場の中央に鎮座し、金箔がはられて派手に光っている。破壊と創造を司るマヌ神は、一段と奇抜な姿をしていた。フクロウのような頭から、雄牛のような角を生やし、胴体は人間で、足は鳥。孔雀のような尾羽を背後に広げている。

それぞれの偶像の前に、花輪や香を捧げて祈っている人がいた。その祈り方がすごい。老若男女、貧乏人も、裕福そうな身なりをした者も、泣き叫ぶような声をあげながら一心不乱に地面に身を投げ出している。

祈りの場は、大量の香を焚く煙で霞がかかったようにもうもうとしていた。ギラつく太陽に脳天を焼かれ、茹だるような暑さの中、こんな強烈な匂いを嗅いでいると、気が変になりそうだった。

広場と石の城壁のあいだには掘りがあり、跳ね橋が渡してある。城門の脇の詰め所と見張り台には、制服を着た衛兵がいた。ママの自筆の手紙を持ってはいるが、果たしていきなり行って取り次いでもらえるだろうか?

門にむかって歩きだしたとき、とんでもないことが起こった。

城壁のむこうに見えていた二つの塔の片方が、突然爆発したのだ。炎と黒煙をあげながら、塔の石積みが崩れ落ちていく。

それから衛兵が一人、城壁のてっぺんから、おかしな動きで駆けおりてきた。その男の動きはまったく重力を無視していて、まるで地面を走るように、垂直の壁面を走っていた。見張りについていたほかの衛兵たちが、城壁の上の通路に集まってくる。広場にいた衛兵も刀を抜く。男は水の上を走り、掘りを駆け登って広場に出ると、導火線に火のついた爆弾を掲げて見せた。

その男だけは、衛兵の制服を着ているが、実は衛兵ではないようだった。服の前を開くと、胴体にも大量の爆薬を巻きつけてあるのが見えた。手に持っている爆弾が爆発すれば、たぶん体に巻きつけた爆薬にも引火するだろう。

衛兵たちは退き、近くにいたマヌ教徒たちは一斉に逃げだした。

爆弾男は両腕を空にむけて開き、マヌ語でなにか絶叫している。

ところが、そばで祈りつづけていた巡礼者風の男が、叫ぶ爆弾男に飛びかかり、火のついた導火線を爆弾から引き抜いてしまった。途端に、今度は衛兵とマヌ教徒たちが、一斉にむらがって爆弾魔を袋叩きにしはじめた。導火線が少し長すぎたようだ。

ララの隣で、カラスはとっさにつないだ手を痛いくらい握っていた。

「痛いよ」

ララに言われて、カラスは我に返ったように手を放した。

「なんなの? あれ」

「テロリストだよ。政治犯を収容している塔を爆破したんだ。仲間を解放したなんて言ってる。……なんか行きづらくなっちゃったな……」

リンチが暴動に発展する寸前のところで、門の中からまたもう一人衛兵がやってきて、混乱を鎮めた。ほかの衛兵より偉そうで、上官のようだ。暴徒の中から引きずり出された爆弾男は、血まみれのボロ雑巾のようになっていた。

上官は部下二人に男を引きずらせて門の中に戻ろうとした。カラスは人ごみを掻きわけていき、大胆にもその一番偉そうな男に声をかけた。

上官は忙しいなか呼び止められていらついた様子だったが、特殊部隊の隊長であるララの母親が書いた手紙を渡されると、何度も手紙の文面と二人の外国人の顔見あわせた。そして最後には『ついて来い』という仕草をした。
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2章 ホタル草 (4/4) ~ 花壇と兵士

 

追ってこないことはわかっていたが、全力で走った。廊下にたどたどしい足音が響き渡る。歩いていた官吏たちが驚いている横をすり抜け、適当に走っているうちに庭園にでた。

そこは建物と建物のあいだにひっそりとある小さな庭だった。太陽が低くなっているせいで、壁に日射しがさえぎられてうす暗い。さっき通ってきた広い庭は芝と石像ばかりでがらんとしていたが、この狭い空間に寄せ集まった茂みには、ララが最初に想像していた通りの、南国の花々が咲いていた。小さなパイナップルやハイビスカスがあり、ハチドリまで飛んでいる。

でも見て一番驚いたのは、花壇に植えられている花だった。小さな白い花が花壇いっぱいに咲き、ぼんやりと青白く光っていた。

この花は、魔の森でも見たことがある。花の形はスズランに似ているが、葉の形は違う。鈴のような白い花弁の中で、めしべがホタルのように強弱をつけて淡く光るから、ホタル草と呼ばれている花だ。

冬になれば雪に覆われる北の大地で咲いている花が、この熱帯の国でも咲いているということが不思議だった。

ララは走り疲れていたので、花壇の前にへたりこんだ。

 

魔の森には、野生のホタル草の花畑があった。小川のほとりの少し開けた場所で、夏になると一面、白い花で埋めつくされる。チタニアの夏は短いから、花は一斉に咲いて、一斉に枯れてしまう。花は夕暮れ時から宵の口にかけて光る。

森にはずっと住んでいたが、そこに初めて来たのは五歳のとき、ママに連れてこられたときだった。マヌに定住するようになる前は、ママはたびたび森に来てくれた。ララもそうだが、ママや弟子たちは魔の森で育ったので、外の人と違って森の中で迷わない。その花畑はママが子供のときからあって、『ずっと自分だけの秘密の場所だった』と言っていた。ママはその場所を、ララにだけ特別に教えてくれたのだった。

おばあちゃんから、危険だから登ってはいけない、と言われている険しい岩場を越えて、しばらく進むと、暗い森の中に青白い光が見えた。

もうずいぶんと昔のことだったが、そのとき見た光景ははっきり目に焼きついている。瑠璃色の空に黄色い月が浮かび、その下で数えきれないほどのホタル草が競いあうように光っていた。

綺麗で、嬉しくて、ママと一緒に花畑の中で、踊ったり、転げまわったりした。でも遊び終わったら、ママがまた森の外に帰ってしまうということがわかっていたから、遊んでいるあいだも、遊びがいつか終わってしまうのが怖かった。ママは必ずおばあちゃんや弟子たちと顔をあわせないようこっそりやってきて、森で一夜を明かさずに帰ってしまうのだ。

ホタル草の花畑で、ママとずっと遊んでいたかった。でも夜がふけてくると次第に花の光は弱まり、あたりは暗闇に染まっていった。そして月が黒い木陰に隠れ、神秘の光が消えた頃、ママは言った。

「岩場を越えたことは、みんなに言っちゃダメだからね」

ママは人さし指を立てて、唇に押し当てた。もう、帰ってしまうんだ。
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