5章 反逆者 (1/5) ~ 意地の悪い看守

5 反逆者

 

 

カラスは手錠をかけられて、呪文が唱えられないように猿ぐつわをされていた。刀をさげた無表情なマヌ兵二人にはさまれて歩かされる。

建物を出ると、もうとっぷり日が暮れていた。城壁のむこうには黒い空が広がっていて、遠くで火山の火口が赤く光っているのが見える。広い芝生の庭に並んだ石の灯籠に火がともり、壮麗なヴァータナ宮殿を明るく照らしだしていた。太陽が出ていなくても、蒸し暑いのは変わらない。日中たっぷり貯えられていた熱が残っているのだ。

連れてこられたのは、昼間テロリストに爆破された監獄塔と対になった塔だ。少し離れたところに、崩れ落ちた塔の黒い影が見える。まわりにはまだ積み石が散乱していた。

塔の入り口の両開きの扉の前に、官吏が一人立っていた。腰に棍棒をぶらさげているが、服装は近衛兵とは違う。体つきも鍛え抜かれた兵士とは違い、ゆるみ気味だ。近よっていくと、ヒゲの濃そうなざらついた口もとに締まりのない笑みを浮かべた。

〈ご苦労様です〉

本人は自覚しているのかいないのか、あいさつしながら、もみ手をしている。兵士たちのほうは無愛想に命令した。

〈囚人を連れてきた。チタニア人の魔法使いで、名前はカラス。電撃を使う。罪状は、反逆罪。刑は決まり次第伝えるので、それまで第一級の房で勾留しておけ〉

この男はこの監獄塔の看守のようだ。看守は愛想笑いを絶やさずに、病人のようなカラスを横目で品定めしながら、

〈一級は満室ですよ。今、隣の塔で収まりきれなくなった囚人が、こっちに流れこんできてるんで〉

〈房が一杯なら、空きを作ればいい〉

〈ですが、それができないから満室なんですよ〉

看守が苦笑いしながら困ったように答えると、兵士は平然と言ってのけた。

〈殺してもいい囚人の一人や二人いるだろ〉

〈そんな無茶な! 死刑が決まってても、死刑執行の日は司法庁から通達されてるし、勝手になんてできませんよ。どうしても一級でなけりゃだめなら、ほかの囚人を二級に移し替えないと。そのためには司法庁の許可が必要なんです。それに近衛兵殿は、塔の使用許可証もお持ちでないようだし。司法庁で必要な書類を作って、もう一度お越しいただけませんか?〉

〈つべこべ言ってないでやれ。これは最優先事項なんだ。陛下が直々にこの囚人に関する全権を、近衛隊長に委ねた。司法庁の許可は必要ない〉

〈近衛隊長に? なにかあったんですか?〉

看守は怪訝そうな顔をして、また探るような目で囚人をじろじろ見た。カラスは兵士と看守が押し問答しているあいだ、これから料理される家畜のような顔をしていた。

〈よけいな詮索はするな。おまえはとにかくこいつを一級房にぶちこんで見張ってればいい。司法庁がなんて言ってきても、俺たちの指示なしに勝手なことはするなよ〉

〈ですが……〉

〈司法長官に逆らってもクビになるだけだが、陛下に逆らえば本物の生首になるぞ〉

看守はぞっとして、固唾を飲んだ。

〈承知しました。なんとかします〉
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5章 反逆者 (2/5) ~ 狼

 

 

完全にイカれきった奴ほど『自分は正常だ』と言うように、テロリストもまた自分のことを『革命家』だと称した。

名前はドゥーモ。歳は四十くらい。髪やヒゲは陰毛のように縮れていて、肌はマヌ人の中でもひときは黒い。そのため脂ぎって黒光りした顔は周囲の闇と同化して、ぎょろっとした白目と歯ばかりがいやに目立った。

最初に『おまえは何派だ?』と聞かれたので、カラスは『派もなにもわからない』と答えた。ドゥーモは無所属の政治活動家と解釈したようだ。自分の派への勧誘をはじめた。

〈……それでだな、我が同志、ウンチャカ=マチュルク様は言われた。虐げられている者たちよ、立ちあがれ! 欺瞞に満ちた権力者の支配から、人民を解放するのだ。聖戦の先には自由と平和、そして豊かさが待っている〉

人民を解放することと、昼間のように人ごみの中で自爆テロをすることが、どう結びついているのかわからない。でも聞かないほうがよさそうだ。長々と説明されても困る。この監房から出ることすらできないのに、今さら新人を勧誘しても無駄だとは思わないらしい。

カラスは硬い床の上に直接肌をつけて横たわっていた。石床なので冷たい。殴られたところは痣になって、体中痛かった。

カラスが丸めた背中をむけて返事をしなくても、ドゥーモは延々と一人で革命闘争演説をつづけていた。

〈今の王は偽者なのだ。あの第三の目は作り物だ、平伏してはならない。その証拠に、我々は本物の第三の目を持つ人物を知っている。今の王のいとこのクレハ様だ〉

〈いとこ……〉

ジャングルでララが見たと言っていた少年のことを思い出し、ドゥーモのほうを振り返った。自称革命家は相手が興味を示したと知って、意気揚々と説明した。

〈そうだ、高官以外は王にいとこがいることすら知らないがね。前王が亡くなられたとき、現王のリュージュは正当な王位継承者であるクレハ様に毒を盛り、王座を奪い取った。クレハ様は一命を取りとめたが、廃人になってしまわれて、どこかに監禁されている。リュージュはこの百年間でもっとも非情な独裁者だ。官吏でも命令に従わない者は容赦なく殺す。しかも王自身はトゥミス皇帝の下僕だ。今、ヴァータナが浮浪者であふれ返っているのは、神意に背いた王が国を治めているからなのだ。我々はクレハ様を探しだし、現在の傀儡政権を倒し、この国に真の王を立てる!〉

今のマヌ王がトゥミスの傀儡だなんて話は初耳だ。あの気色悪い額の目ん玉は、どうせ作り物だろうと思っていたが。でもそんなことよりも、クレハの話のほうが気になった。

〈探しだす? もうだれかに『誘拐された』って聞いたけど〉

単純に考えたら、ジャングルで襲ってきた男たちが誘拐犯なのだろう。

ドゥーモは歓声をあげた。

〈同志たちが見つけだしたんだ! やった!〉

〈ちょっと待てよ。さっきクレハは廃人だって言わなかったか? おまえら、廃人を王にするのか?〉

〈邪悪な王を倒せば、神の御力で正気に戻られる。たとえ我が身が牢獄で朽ちようと、思い残すことはない! 同志よ、我々には輝かしい来世が待っている。ともに祝おう〉

ドゥーモは〈革命万歳! 革命万歳!〉と叫びはじめた。

カラスは耳をふさいで、心の中でつぶやいた。

──おまえらのありがたい革命のおかげで、俺もララも死にそうだ。そんなに来世がいいところなら、この世で革命なんかしてないで、さっさとあの世に行っちまえばいい。死ね……自殺しろ……。

しばらくして、看守が階段を駆けあがってきた。

〈うるせえ! だれだ騒いでんのは?〉

革命家はまだ絶叫しつづけている。こっちまで気が変になりそうだ。

〈チタニー、そいつを黙らせろ〉

〈自分でやれよ〉

〈やったら、別々の房にしてやる〉

カラスは立ちあがってドゥーモの腹に蹴りを入れた。ドゥーモのほうもやり返そうとしたが、長く監禁されている分衰弱していたので、ほとんど抵抗できない。もう一度蹴ると胃の中のものを吐いて、おとなしくなった。とはいえ、出てきたのは胃液だけだ。

看守は骨と皮のようなドゥーモを引きずって、隣の房に移した。そのときはじめて隣の囚人の声が聞こえた。〈ドゥーモと一緒の房だけは嫌だ〉と、か細い声で嘆願している。看守は〈また騒ぎだしたら、隣のチタニーみてえに蹴り倒すんだな〉と言って鍵をかけた。隣の囚人はそれ以上なにも言わなかった。あの声からして、しゃべるのも億劫なほど衰弱しきっているのかもしれない。

看守が行ってしまうと、監房に静寂が訪れた。

やっと静かになった……。

カラスはまた石床に横たわり、目を閉じた。
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5章 反逆者 (3/5) ~ 脱走!

 

 

「カラス……カラス……!」

だれかに呼ばれてる。

「ララが喰われた」

寝ぼけながら寝返りをうって、驚いた。鉄格子のむこうにララが立っていたからだ。しかも女官に取りあげられたはずの背負い袋を背負っている。

「私、食べられてなんかないよ」

ララは片手に持った燭台で房の中を照らしながら、心配そうに言った。

「なんでここに?」

飛び起きて聞いてから、後ろに男が立っているのに気づいた。謁見の間で王の隣に立っていた混血の近衛隊長だ。揺らめくロウソクの火が、背後の石壁に不気味な黒い影を落としている。

「なにかされたのか?」

「薬飲んで、飲んだ石吐き出した」

「取られたのか」

カラスは近衛隊長をにらんだ。──涼しい顔をしてやがる。

ララは慌てて否定した。

「私が持ってる。この人がね、石は私たちの物だから渡さなくていいって言ってくれたの。荷物も返してくれた。それでね、私たちをここから逃がして、ママのところまで連れてってくれるんだって」

近衛隊長本人の口からも自己紹介があった。

「謁見の間で聞いただろうが、私は近衛隊長をしているアシュラムという者だ。酷い目にあったようで、申し訳ない。少しのあいだ我慢してついて来てくれ」

「ほんとに酷かったよ。ここの看守は最悪だ。出す気があるなら、こんなところに入れて欲しくなかったね」

思った通りに怒りをぶつけると、ララが弁護を返した。

「アシュラムが止めてなかったら、殺されてたかもしれないんだよ? 今だって、本当は出しちゃいけないのに、こっそり出してくれるのに」

「そんなの──」

当然だ! 入れられる覚えがねえ──思わず口から出そうになった言葉を、すんでのところで飲みこんだ。あまり食ってかかったら、出してもらえなくなるかもしれない。それにしても、こっそり囚人を逃がすなんて大丈夫なんだろうか? 『王に逆らえば生首になる』と兵士たちは言ってた。本当に逃がしてくれるのか? だとしたら、どういうつもりなんだろう?

カラスが訝しんで見ているうちに、アシュラムは持っていた鍵束で房の鍵を開けた。まっ先に、ララが駆けこんできて、思いっきり抱きしめられた。座っている正面に膝をつき、燭台を脇に置いて、細い腕を力いっぱい背中にまわしている。カラスは驚いてしまい、看守のことも、得体の知れない近衛隊長のことも、一気に頭から吹き飛んでしまった。

「ごめんね」

首筋に埋めた顔が泣きそうになっている。

「傷、痛いでしょう? 私が王様にあんなこと言わなければ……ごめん」

「おまえのせいじゃねえよ」

カラスはララの頭に手をのばしてクシャクシャにした。ララは背中が血まみれになっているのを見てショックを受けたらしかった。今血は乾いているが、看守につけられた切り傷はまだ痛む。こんな傷のせいで、おかしな夢を見たんだろう。全身打撲だらけなので、正直抱きしめられているだけでいろんなところが痛んだ。でもララには「そんなに痛くないから大丈夫だ」と言った。

格子のむこうでアシュラムが急かした。

「悪いんだけど、今は時間がない」
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5章 反逆者 (4/5) ~ 氷男

駆けよっていくと、男は少し路地に入って倉庫のような建物の戸を開けた。両開きの結構大きな引き戸で、中は広い。木箱や樽が積んであって、その先になにやら見なれない生き物がいた。

クワッパと似ていていたが、それよりもふたまわりくらい大きくて、立派な翼がある。しっぽのかわりに長く美しい尾羽があり、頭のてっぺんに王冠のような金色の飾り羽が立っている。胴体は極彩色の羽に覆われていて、くちばしのように細く長い口をしていたが、やはり表面にはは虫類らしいウロコがあり、歯が生えている。そんな鳥とトカゲの中間のような巨大な生き物の背に、鞍と手綱がつけられていた。なぜだかギャーギャー鳴いて暴れていた。

ララは驚いて口ヒゲ男にたずねた。

「これ、飛ぶの?」

「飛ぶ。始祖鳥だよ。それよりアシュラムは?」

カラスとララは同時に答えた。

「死んだ! さっさと逃げよう」

「後から来る!」

『死んだ』と答えたのはカラスのほうだ。「酷い」とララはつぶやいた。

男はそれに答えることよりも、うるさく鳴いている始祖鳥のほうが気になったようだ。こんなに鳴かれては、兵士たちに気づかれてしまう。なだめようとして男が駆けよったとき、鳥の巨体から血が飛び散った。もがくように羽ばたいている翼の下から、なにかが突き刺さった傷口が見える。

「だれかいる!」

振り返って叫んだ途端、ヒゲ男の胸に杭のようなものが突き刺さった。それは倉庫の入り口からではなく、中のどこかから飛んできた。

その方向を見やると、積まれた木箱の陰から、ガラスのように透き通った甲冑に身を包んだ男があらわれた。肌は白く、髪は霜が降りたような銀髪だ。マヌ人ではない。だが男が口にしたのはマヌ語だった。

〈奴は来てないのか。残念だ。俺が殺りたかったのに〉

ずっと蒸し暑かったのに、ふと肌寒さを感じた。思わず身震いするような冷風が体をかすめる。

カラスは電撃を放った。が、銀髪の男はさっと身を引いて木箱の陰に隠れてしまった。その隙に、ララを連れて逃げようとした。

「待って。さっきの人が──」

ララは踏みとどまった。ヒゲ男が始祖鳥の足もとで倒れていた。まだ生きて動いている。

「助けなきゃ」

始祖鳥が地団駄を踏んで、今にも踏みつぶしそうだ。ヒゲ男は自力でそこから逃げられないくらい弱っている。胸に刺さった杭は、よく見ると透明な氷でできているようだった。そのあいだにも倉庫内の気温は急激に下がっていた。空気が冷却されて霧が漂いはじめる。驚くべきことに、息が白くなった。

「そんなの構ってられるか!」

カラスは叫び、力ずくに手を引っぱって、一目散に出口へと走りだした。

「フィアラ!」

ララが唱えると、握っていた手が熱くなり、カラスは反射的に手を放してしまった。ララは苦しんでいるヒゲ男の側に駆けよっていった。
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5章 反逆者 (5/5) ~ 虹色の翼に乗って

始祖鳥はバサバサと羽音を立てながら、暗黒の夜空をぐんぐん昇っていった。虹色の翼越しに見おろすと、兵士たちが悔しそうな顔を上にむけている。それも見る見るうちに小さくなり、細い路地の至るところで、自分たちを探しまわっている追っ手の松明が行き来しているのが見渡せるようになった。そしてそれもさらに遠ざかると、わずかな街の灯りが、大海に浮かんだ漁り火のように見えるだけになった。

「すげえ……。飛んでる!」

カラスは感嘆の声をあげた。

始祖鳥は三人の逃亡者を背に、空を覆う厚い雲を突き抜け、月光に照らされた広大な雲海の上に舞いあがった。青白い満月が姿をあらわし、星を散りばめた天井が雲の水平線の彼方までつづいていた。雲の海面は風で波打ちながら、雪のようにうっすらと白光りしている。

「綺麗」

ララは天上の景色を見渡して、自分たちが追われていることすら忘れてしまったようだった。不思議と明るい星と雲の狭間を、始祖鳥はさっきとは打って変わって音もなく滑空した。

「これからどこに行く?」

カラスは風に吹きあげられたララの髪に顔をくすぐられながらたずねた。

「ティミトラのところだ。退役者組合の記録には残ってなかったが、彼女が使ってた私書箱が以前のままで、中身が転送された記録があった。トゥミス領のザレスバーグという街だ。今も彼女がそこにいるという保証はないが、行けばもっとくわしい手掛かりがつかめるだろう」

「そこって遠いの?」

「トゥミスの近くだから遠い。始祖鳥で大地の裂け目を越えて、その先は陸路で行く。六十日くらいはかかるだろう」

「このまま始祖鳥で行ったら?」

カラスは聞いた。飛んでいったほうが速そうだ。

「始祖鳥は人を乗せるとそんなに長い時間飛んでいられないんだ」

六十日もかかるのでは、そのあいだになにが起こっても不思議ではない。

さっきよりも少しは落ち着いて話ができる環境になったので、カラスは倉庫の中で中断してしまった話を持ちだした。

「さっきの話のつづきだけど、あの銀髪の男、俺たちが逃げてくるのを知ってたのかな? そういや、監房を見まわりにきた役人たちも密告があったなんて言ってたし。知ってたんだとしたら、なんで俺たちが監獄塔を出るときに来なかったんだ? あんなところで待ち伏せするより、そのほうが手っ取り早いし、あんだけ追っ手の兵士がいたのに、倉庫にいたのがあいつ一人だけってのも変だよな?」

「おかしいのはそれだけじゃない。あの男はイェルサーガの一員で氷男って呼ばれてる奴なんだが、イェルサーガは普通、王の勅令でしか動かない。それも指定された人間の暗殺が主な仕事だ」

「イェルサーガならティミトラとも知りあいなんじゃないか?」

「彼女の部下だった」

それなら、元部下が元上官の娘を殺そうとしたってことになる。でも氷男がねらっていたのは、ララではなく、アシュラムのようだった。

アシュラムは自分たちを逃がすために怪しいイェルサーガの隊員を殺してしまった。だが本当に怪しいのはどっちだ? アシュラムのやってることだって充分怪しい。本当にザレスバーグに行けばティミトラはいるのか?

カラスは疑問を抱えたまま、これまでのことに考えをめぐらせた。

ジャングルにいた三つ目の子供、赤い石の正体、自称革命家のドゥーモが言っていたこと、怪しい氷男と、怪しい近衛隊長の言ったこと──いろいろな情報が一度に頭の中を駆けめぐってはち切れそうだった。目の前ではララが懸命に目を見開いてまわりを見まわしている。この先一生出会えないかもしれない美しい風景から、一瞬でも目をそらしているのが惜しいようだ。話なんてほとんどそっちのけで、生き生きと顔を輝かせ、雲や夜空を目に焼きつけることに夢中になっている。

こいつはこんなんで大丈夫なんだろうか?

カラスがそう思ったとき、ララがなにかを見つけてアシュラムの背中を激しく叩いた。
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