10章 刃 (1/2) ~ 刀の稽古

10 刃

 

 

カエルの声がうるさい森の中、カラスはうつぶせになって目を閉じたまま、なかなか寝つけないでいた。

この音は、湖の畔から聞こえてくるのだ。最初寝ついたときは気にならなかったのに、一度起きてしまうと、今度はやたら気になる。宵のうちから横になってしまったから、少し寝つくのが早すぎたのかもしれない。

背中の傷をかばいながら仰向けになり、眠るのをあきらめて目を開けた。まだまだ月が高い位置にある。十六夜月だ。雲の切れ間には、藍色のテーブルクロスの上にこぼれた塩粒みたいに、星が散らばっていた。

夜でもそんなに冷えこまないので、三人とも薄い掛け布だけかぶっていたが、なくてもいいくらいだった。土がやわらかく、地面に直接触れているとじめじめするので、毛布は体の下に敷いている。

横をむくとララがさっきいた位置よりもこちらに近づいているのに気づいた。毛布からはみ出しているのを見ると、派手に寝返りをうちながら移動してきたのだろう。ララは目を閉じるとすぐ眠ってしまって、今も気持ちよさそうに熟睡している。

反対側をむいてアシュラムの寝ていたところを見ると、いなくなっている!

まさかと思い、すぐにララの掛け布をはがして、スカートの腹まわりの縫いこみに隠してある赤い石を探った。丸い石の感触がある。──ちゃんとある。アシュラムは小便にでも行っているんだろう。

ひとまず胸をなでおろし、盗み見られてないかまわりに気を配りつつ布を掛け直そうとしていると、ララが寝返りをうった。少し寒くなったのか、もぞもぞと体をひねりながら脚をすりあわせる。

めくれあがったスカートからのぞく脚を、カラスは凝視してしまった。ララの肌は昼間見るよりも白く、透き通って見えた。胸は板っぱちのようでも、棒切れみたいな脚はしていない。太もももふくらはぎも、魚の腹のようになだらかな曲線を描いている。

顔のほうを見ると、まだあどけない顔立ちで、すやすやと寝息を立てている。

触れてみたい衝動に駆られたが、なにもせず、掛け布をかけ直してやった。

月がとても明るくて、ほかに照明は必要なかった。銀糸のような光が降り注ぎ、あらゆるものに霜がおりているように見える。たき火はもう灰になり、魚の食べかすにアリが群がっている。

のどが乾いたので水を飲もうと、湖のほうへ歩いていった。少し茂みをかきわけていくと、そこはもう水辺だ。さざ波が月光で淡くきらめき、透明な波が、砂地にうちよせていた。

当たり前のようにその水を手ですくおうとしたが、ふと思いついて、普段とは違う飲み方をした。四つん這いになり、水面に直接口をつけてみる。

こうして湖で魚を捕ったり、こんな風に水を飲んでいると、動物になった気分だ。おもしろくなって、今度は水中に頭ごと突っこみ、首を振って水気をきってみた。

湖の水はそんなに冷たくない。どうせひまなんだし、服を脱いでひと泳ぎしようか?

「眠れないのか?」

すぐ後ろから声がした。思わず飛びあがってしまい、振り返ってみてさらに驚いた。
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10章 刃 (2/2) ~ 歪んだ鏡

急いでたき火をした場所に駆けつけると、鏡のマントをまとったマヌ人の男が、ララを後ろから抱えこんで、頭に銃を突きつけていた。やぶの中から、斧やナタを持った体格のいい男たちが数人あらわれて、まっ先に駆けつけて刀を構えたアシュラムを取りかこんだ。そちらの男たちのほうは野盗のたぐいというより農夫のようで、エンゾの自警団員のようだった。

「もう一人はどこだ?」

アシュラムの隣にカラスはいない。気づいたのも走りだしたのもアシュラムのほうが早かったので、構わず先に来てしまったのだ。アシュラムは振り返らず、

「ここにはいない。途中で別れた」

と答えた。男は顔をしかめた。

「いないはずない。毛布が三枚敷いてある」

「一枚足りないから俺は毛布をかぶって寝られなかったんだ。馬は二頭しかいないだろ?」

マントの男は警戒を解かなかったが、いらついた顔で馬を見て、それ以上追求しなかった。

「ガキを殺されたくなかったら魔石をよこせ」

「その前に彼女をこっちによこせ。でないと石は渡せない」

「言っておくが、この引き金は軽いぜ」

男はなんの躊躇もない様子で、銃口をララの赤毛に埋めてグリグリ押しつけた。首を腕でがっちり締めつけられ、ララは怯えた目で助けを求めている。

「その子が必要なんだ。石はもうとっくにほかの奴に渡してある。彼女がいないと、そいつから石を受け取れない」

男はアシュラムの目を見て真偽を探ろうとしている。

「嘘だ」

「本当だ。殺したら手に入らなくなる」

ララを抱えこんだまま、男は銃口をアシュラムにむけた。

「じゃあ、手に入る方法を教えろ」

「そっちが返したら教える」

「十数えるうちに言わなけりゃ、おまえを殺す」

男はそう言って相手をにらみながら、一から数えはじめた。だが、二、三、四……と数え進めても、アシュラムの表情は不気味なほど変わらない。八まで数えたところで、ララのほうがどうにかしようと口を開いた。

「私……」

そのとき、男の太ももから刀が飛び出し、静電気のような音がした。カラスが背後から鏡のマントを貫き、刀を通して電流を流したのだ。

倒れた男の陰からあらわれたカラスを見て、まわりの農夫たちは怯んだようだ。男に触れられていたララも巻きぞえで感電してしまっている。

アシュラムはまだ農夫たちにかこまれていたが、人質がいなくなった今、刀の間合いに踏みこんでまで、農具で襲いかかろうとする者はいなかった。カラスが血のついた刀を引き抜いて、派手に火花を散らして威嚇すると、声をかけあってあっさり引きあげてしまった。

カラスは気絶しているララを男から引き離して聞いた。

「逃げたと思った?」

アシュラムは刀をしまいながら「いいや」と首を振り、「来ると思ったから時間稼ぎした」と言った。カラスはそれを聞いてニヤリと笑った。

突っ伏している男の髪をつかんで顔を確認する。

「ジャングルで襲ってきたのはこいつだ!」
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