0章 彼女の正義 (2/9) ~ 暗中模索

「待ってください」

なにかが上から降ってきて、水面に落ちた。拾って確かめたら予備の松明だったが、水浸しになってしまって、火種もないので使いものにならない。

「おまえらが死んで、出口もなかったらどうするんだよ……?」

かがり火が遠ざかり、穴の底にわずかに届いていた光も消え失せた。暗闇はいっそう濃くなり、自分の手すら見えない。見あげても、自分がどこから落ちてきたのかさえわからなかった。

完璧な暗黒の中に取り残されてしまった。

また、すぐそばでなにかが蠢いているような気配を感じた。銃を握りしめ、慎重にその場を離れた。こんなところにじっとしてはいられない。壁際まで行って、それにそって進んでいけば、出口が見つかるかもしれない、と思った。

骸骨とヘドロに苦戦しながら、ひたすら闇のなかを突き進んでいった。

自分のたてる水音と息づかいが嫌によく聞こえ、鼓動まで聞こえてきそうだった。銃の印だけがかすかに紫色に点灯していたが、なにかを照らそうとするにはあまりにも頼りない光で、せいぜい銃がどこにあるのか確認するのがやっとだ。それ以外はなにも見えず、なにも聞こえない。異常な空間が感覚を麻痺させ、どちらの方向にどのくらいの距離、どのくらいの時間進んだのか、すぐにわからなくなった。

しばらくして、なんとか壁に行き当たり、それからずいぶん長いあいだ、壁伝いに進んだような気がする。そのあいだ何度も、何者かの気配を感じて銃を構えたが、実際に見えないものを撃つことはなかった。

そのうち周囲の空気に、ほんの少しだが動きあるのに気がついた。偶然その出所に近づいたのか、闇になれて感覚が研ぎすまされて気づいたのか。どこからか、風が吹きこんでいるようだった。そこから出られるかもしれない。

次第に、空気の流れははっきりわかるものになり、隙間風のような音も聞こえてきた。

そして、とうとう風の出所を発見した。一カ所だけ壁が途切れ、狭い通路の先で水面がぼんやり明るくなっているのが見える。進んでいくと、少し階段を登って、水面が膝のあたりまで下がった。低くうなるような外の嵐の音が反響している。

行き着いたのは、大きめの井戸のような円筒状の空間だった。かなり上のほうに格子がはめられ、そのむこうに雷雲が流れているのが見える。雨も少し入ってきて、水面で跳ねている。月が出ていなくても、これまでよりはずっと明るかった。

そこで行き止まり。

俺の一生も、ここで行き止まりか……。

そう絶望しかけたとき、うつむいたついでに、水面近くに一カ所、横穴らしきものが見え隠れしているののが目に入った。ほとんど水中に沈んでしまっている。

この穴はどこかにつづいているのだろうか?

水に潜って這っていけば、運がよければここを抜けられるかもしれない。でも、もし穴がとても長くて、どこにも行き着かずに息がつづかなかったら?

こうして立ち止まっている今にも、仲間たちはキルクークに殺されているかもしれないし、勝ってもここを見つけてくれるとは限らない。

リュンケウスは薄情な仲間の死を思い、自分を奮い立たせてくれる賞金のことだけを考えようとした──行け。行くんだ。こんなところで、こんなつまらない人生のまま、くたばってたまるか!

顔をあげると、格子越しに見える雲の切れ間に、ほんの一瞬、不安げに欠けた月がよぎって、弱々しい月光を投げかけた。

その冷たい光と最後の決別するように、リュンケウスは目を閉じて、深々と息を吸いこんだ。そして、どす黒い水中にぽっかり空いた穴の中へ、どこまでつづいているかわからない暗い深淵へと、引き返さない覚悟で身を沈めていった。
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