0章 彼女の正義 (3/9) ~ 科学者

 

次に水面から顔を出したとき、リュンケウスが最初に目にしたのは、漆黒の中でほの暗く光る紫色の明かりだった。

天井に紫の照明がついていて、中の様子がわずかながらわかる。また行き止まりのせまい空間で、壁になにかついていたので、よくわからないが押してみた。

すると、四角い小部屋自体が音を立てて上に昇りはじめ、止まると同時に来たのと反対側の壁が開いて、別の部屋に出た。足もとの水が、どっと外に流れ出た。

そこにも紫に光る繭のような照明がばらばらに並んでいて、がらんとしているが、不可解な古代の紋様が壁中に刻まれていた。部屋は廊下につながっていて、その先から、繭の紫色の光とは違う、炎のような明かりが漏れているのに気づいた。

リュンケウスは足音を立てないように近づいていき、明かりの漏れている部屋をのぞき見た。

そこはドーム型の天井を持った広間で、壁際が大小様々なロウソクで、ひしめきあうように埋めつくされていた。この城の中ではめずらしく、レンズのような円い天窓が規則的に並び、外で稲妻が走っているのが見える。

広間の中央には、銀色のフードつきのマントを、頭からすっぽりかぶった人物が立っていた。そのマントは、今まで見たどんな素材とも違い、まるで薄くてしなやかな鏡のようだった。ひだが入って歪んだ鏡面にまわりの風景が映りこみ、ロウソクの灯をギラギラと反射している。

その人物の両脇には、生け贄を捧げる祭壇のような台が二つあった。台の上には、人間の女──眠っているように見えるが、生きているのか死んでいるのかはわからない──と、脳みそのない空っぽ頭の毛むくじゃらの怪物が横たわっている。二つの体からは細い管が何本ものび、正体不明の複雑な機械につながっている。はめ込まれた四角いガラスの表面に、光る線が波打ち、小さな記号があらわれては消えた。

マントの人物は手袋をつけた手で、女の頭蓋骨の上蓋をはずし、中の脳を取り出して、怪物の頭の空洞に移植した。リュンケウスは恐いもの見たさで、その一部始終をばっちり見届けてしまった。が、見たあとで気分が悪くなった。マントの中からちらりと腕が見え、男の肌が浅黒いのも確認できた。黒い肌の男。あれが、キルクークなのか。

リュンケウスは賞金首らしき男に慎重にねらいを定め、銃の引き金を引いた。紫色の光線が、男の胸のあたりを横切る。

当たった! ──が、男は倒れず、光線でこちらの存在に気づいて、なんともないような顔で振りむいた。まっ二つになるはずなのに……!

男は両手を赤く光らせ、魔法で皿のような光の円盤を作って、つづけざまにいくつも投げてきた。入り口の縁に当たり、赤い光の破片が飛び散る。リュンケウスはあえてその中に身を投じた。すかさず、豹のような身のこなしで剣を抜きながら、男めがけて一直線に走っていく。

その魔法は、自分には痛くもかゆくもない、とわかっていたからだ。

それどころか、グレナデンの炎だろうと、イスノメドラの稲妻だろうと、どんな強力な魔法であっても、リュンケウスの体を傷つけることはできない。それが自分では魔力をまったく持っていないかわりに、リュンケウスが恵まれたとても珍しい特殊な体質だった。

マントの男は剣を突きつけられ、無駄な魔法を放つのをやめた。フードの下に驚愕の表情が見える。

「おまえ、魔法が効かないのか!?」
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