0章 彼女の正義 (4/9) ~ 栄光の瞬間

 

 

外に出た頃には夜明け前で、風と雷はやみ、雨だけがパラパラと降りつづいていた。街に着くと、朝起きだすのが遅いトゥミスの住人たちは、まだ寝静まっていた。霧のような雨が、青い木戸を閉ざした白壁の家々と、石畳を濡らしている。

グレナデンは宮殿にむかう道すがら、片手で生首を掲げて、「俺たちがキルクークを倒した!」と大声で触れまわった。三人が通ると、通りぞいの家の窓が次々と開いていく。驚きと喜びの表情をした人々が顔を出し、鏡のマントを身にまとって首を掲げたグレナデンに注目する──リュンケウスではなく。

宮殿で執政官に首を献上し、階段状の議席にかこまれた円形の議場の中央で、元老院議員たちにことの顛末を説明した。

リュンケウスはキルクークに持ちかけられた取り引きのことや、魔法の石のことや、発明品のことは口にしなかった。かわりに、強大なる悪と、とてつもない大乱闘を繰り広げたかのように、雄弁に話をふくらませた。

さすがのグレナデンも自分のいなかったときの話には口を出せず、この計画を提案したのは自分だ、とか、案内役のイスノメドラを連れて行くと決めたのも自分であり、自分の裁量がなければ、ほかの二人だけでは今回のような大きなことは成し遂げられなかっただろう、ということばかり必死に強調していた。

イスノメドラはというと、意に反して法廷の真ん中でさらし者にされた証人のように塞ぎこんだまま、あまり話さず、できるだけ早くこの場から逃げだしたいという感じだった。

そんな風にして報告が済むと、さっそく、勝利を祝う宴が開かれた。色とりどりのケシの花で彩られた大理石の広間に、銀の皿にのった食べきれないほどのご馳走が運びこまれ、三人は広めの台座に刺繍の綿入れを敷き詰めただれからでも見える特等席に座らされた。

貴族ご用達の芸人たちが、威勢のいい音楽や踊りを披露し、酒は飲み放題、美女も呼び放題だ。色鮮やかなガラスや、べっ甲の首飾りを何重にも巻いた半裸の踊り子が、差し出された金の杯に、ブドウの美酒を注いでまわっている。

イスノメドラは気分が悪いと言って、すぐに席を立ってしまったが、賞金稼ぎの男二人は戦いの興奮がさめやらず、一睡もしていなくても全然疲れを感じなかった。

俺が求めていたのは、これなんだ。

楽しげな音色の飛びかう中、リュンケウスは金杯を片手に、酔って柔らかなソファーに身を沈め、夢見心地でそう思った。

広間の壁面には、この世の楽園が描かれ、高い天井を支える優美な柱には、一つとして装飾の施されていないものはない。トゥミス中で一番贅をつくしたと思われる部屋で、主賓としてもてなされ、欲しかったものすべてが一度に手に入ったかのようだった。かたわらにはきらびやかに身を飾った女が、撫でられるのを待っている猫のようにはべり、手をのばすと薄い絹のなめらかな感触がして、妖しい香水が鼻孔をくすぐった。

しばらくしてイスノメドラが議員に呼び出され、三人一緒にバルコニーに出ると、何千人ものトゥミス市民が、広場を埋めつくしていた。飲み騒いでいるうちに夜は明けていて、昨夜の嵐が嘘のような青空が広がっていた。

三人がビロードのカーテンから顔を出したのと同時に、白い鳩が爽やかな朝の日射しの中に放たれ、歓声が湧き起こった。噂は短時間のうちに突風のごとく街を駆け抜け、みな英雄たちの勇姿を一目見ようと押しかけてきたのだ。

「トゥミスに栄光あれ!」

ほかの議員たちと同じく歳をとった執政官が、若い三人と肩を並べてそう叫ぶと、さらに大地を揺るがすような歓声があがった。召使いが脇で花びらをまく。見渡す限り、ひらめく花びらのむこうから、名前も知らない大勢の人々が、喜びと尊敬を込めた眼差しでこちらを見上げていた。これまで見下されたことは何度もあったが、そうやって仰ぎ見られた経験はない。

まるで目に入るすべてのものが自分を祝福し、黄金に光り輝いているようだった。

ぼんやりとした酒の酔いが一気にさめた。それどころか、これまでの自分の人生そのものが、うすぼんやりした冴えない夢のように感じられた。さっきまでの華やかな宴も、この景色の前ではくすんでしまう。土の中で身を縮めてじっと地上に出る日を待ちつづける蝉のように、息をひそめて半眠りでいた、長い長いかりそめの日々が終わり、今やっと日の光を見て、本物の人生が動きだした気がした。

これだ──俺の胸を掻き立てるもの! 俺が本当に欲しかったものは……!
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