0章 彼女の正義 (4/9) ~ 栄光の瞬間

隣を振り返ると、このときばかりは、さっきまで浮かない顔をしていたイスノメドラも笑顔を見せていた。普通の人間なら一生に一度たりとも出会うことがないだろう美しい光景を前に、青と緑の瞳を輝かせ、ほっそりとした肩にかかった絹糸のような髪が、清らかな朝の光をまばゆく照り返している。笑ったところを見たのは初めてだ。表情から険しさが抜けてしまうと、まるで狩り場に迷いこんだ愛くるしい子鹿のように、無垢で無防備な娘に見える。

そしてここでも、一番見栄えのするグレナデンが、とくに注目を浴びていた。筋骨隆々で男前だから、いかにも武勇という呼び名がぴったりの外見なのだ。本人もすっかり英雄気取りで、観衆に手を振っている。

それにひきかえ、本来英雄的偉業を成し遂げたはずのリュンケウスの容貌は、他人を惹きつける華やかさに欠けていた。

「いい景色だな、グレナデン」

リュンケウスはわざと横柄に話しかけた。

「おまえの名誉のために、議員たちの前では、話に手心を加えてやった。城の中で、俺たちは運悪くはぐれてしまっただけで、おまえが俺を置き去りにしようとした、とは言わなかった。なのに、礼もなしか?

もしこの大観衆の前で、おまえがこれまでしてきたことを全部暴露したら、みんなおまえのことをどう思うんだろうな」

怒りでグレナデンの目が釣りあがった。生意気な舎弟を殴りたそうにしていたが、血の気の多い男でも、ここでいざこざを起こすと面倒だということはわかっているらしい。

「新しい人生の第一歩だ」

リュンケウスはそう言って、挑戦的な目つきで右手を差しだした。

遠くからその様子を見守っている観衆は、二人のあいだに流れる険悪な空気には気づかずに、仲間同士が手を取りあう瞬間を、今か今かと待ちわびていた。

グレナデンは観衆の期待通り、黙って握手した。でも、その怒りは爆発寸前だ。リュンケウスはキルクークを倒したとき以上の勝利の喜びを噛みしめ、満足げに笑って、つないだ手を掲げて見せた。

まったく本当にいい気分だ!

 

ところが、そのいい気分はそれほど長くはつづかなかった。三人には約束通りの賞金が支払われたのだが、そのほとんどをグレナデンに持っていかれてしまったからだ。

リュンケウスとグレナデンは、道案内をしてくれたイスノメドラに、まず賞金の三割を提示した。が、彼女は最初の宣言通り金を受け取らず、そうなると、全額を二人で分けることになる。

グレナデンはその金を当然のごとく、七対三で分配した。なぜそんなことになったのかというと、トゥミスに来るよりも前、この計画を持ちかけられた時点で、賞金は七三に分けると口頭で決めてあったからだ。もちろん、そう言いだしたグレナデンのほうが七である。そのときは当然腕っぷしの強い彼がキルクークと戦うとき重要な役目を果たすだろう、と思っていたからだ。

でも実際はそうはならなかった。リュンケウスはこの分配は不当だと反発した。賞金は自分が六割か、最悪でも半分はもらう権利があるはずだ、と。それに対して、グレナデンはまったく聞く耳をもたなかった。返ってきた答えはこうだ。

「てめえが脅そうがなんだろうが、もらうもんはもらう。よけいなこと言えば、おまえも道連れだ。わかってんのか? ゲス野郎。今度ふざけたまねしたら、二度と金なんか拝めないようにしてやる」

そして、それから一ヶ月後。信じられないようなことだが、グレナデンとイスノメドラは結婚した。

でも思うに、グレナデンは彼女のことを、本当にそれほど愛していたんだろうか? イスノメドラは飛び抜けて美人というわけでもなかったし、この男の普段の好みにそうような女でもなかった。単に、彼女をモノにする、という賭けに勝ちたかったんじゃないのか。そうでもしないと体を許してもらえなかったのかもしれない。この企みはまんまと成功し、またしても100万シグ持っていかれた。

新婚の二人はトゥミス市内にあった豪邸を買い取り、そこで優雅に暮らしはじめた。

だがグレナデンのような根っからの流れ者に、まともな結婚生活などつとまるはずがない。二人のあいだにはすぐに亀裂が生じはじめた。
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