0章 彼女の正義 (5/9) ~ 思いがけない恋

 

  * * *

 

古城から戻ってきてからというもの、イスノメドラは毎日のように、グレナデンと顔をあわせるようになった。

「戦った疲れがとれたか様子見に」「住む場所を変えた」「もらい物がおいしかったので、お裾分けに」と、彼はなにかと理由をつけては、イスノメドラが父の知りあいの好意で安く借りている共同住宅の部屋まで押しかけてきて、戸口で機嫌のいい笑顔を振りまいては、さらっと二三おもしろそうな街の噂話などをして去っていく。街を歩いていて、偶然のように声をかけてくることもある。そして去り際には、決まりきったあいさつのように「今度どこかで食事でも?」と、つけ加えるのだった。

距離を縮めようとしているのはあからさまで、ろくに相手を知りもしないうちから、どこまで本気なのかと疑いたくなるくらい「かわいい」「好きだ」「会いたかった」と、なんのてらいもなく口にする。

イスノメドラは初め、この無遠慮でがっついた感じが苦手で、素っ気なくあしらっていた。しかし何度も顔をあわせるうちに、毎日顔を見るのが日課のようになってしまい、だんだんと根負けして、本当に腰を据えてむかいあったらどんな話をするつもりなのか、気にもなってきた。

グレナデンは得意げに、俺は太鼓を上手に叩き、トナカイや熊をナイフ一本で綺麗に解体することができ、様々な形の便利な紐の結び方を知っている、と言う。自分ではそれが魅力の一つだと思っているようだが、都会育ちのイスノメドラは、そんな自慢をされても正直どう反応したらいいかわからなかった。……自分がこんな人と会話が弾むとは、到底思えないのだが……。

 

やってきたのは、肉料理がうまいと最近街で評判の庶民的な料理屋だった。ガラスや銀器ではなく、素焼きの杯や木のジョッキで酒がだされ、日々の労働で汗をかいた人々の頭上に、肉を焼く煙臭さが充満しているような店である。下働きの少年が酔った大人のあいだをすり抜けながら、しゃぶり終わった骨を集めて忙しそうに立ち働き、入り口に立っただけで体臭と料理とタバコのむっとする匂いが押しよせてくる。

イスノメドラはいつものように、そんな店にいても浮かないくらい素朴な身なりをしていたが、グレナデンの立派な体格と目立つ赤毛のせいで、店の手押し戸を開けた途端、宵の口で混みあっている店内にいた客たちの視線が一斉に集まってしまった。

グレナデンはカウンターの奥にいた太った女将にむかって、さっそく酒を注文した。

「ワインを二樽」

「二樽!? ……二杯じゃなくて?」女将が驚いて聞き返すと、グレナデンはカウンターに金貨を置き、「あそこのテーブルに運んでくれ」と真ん中あたりの席を指差した。

まさか、そんなにたくさん飲むつもりなのだろうか? と、あっ気にとられているうちに樽が運びこまれ、グレナデンはそこで声を張りあげた。

「こいつは俺のおごりだ! 空になるまで好きなだけ飲んでくれ。ただし、飲んだ奴はしけた話はするな。それからここにいる宴会の女神に敬意を!」

イスノメドラは勢いに押されて樽の脇の椅子に座らされ、あれよあれよという間に、頭にブドウのつるの冠をのせられた。目立ちたがりやの酔っぱらいがさっそく進み出て、即席の女神の前でおどけた宮廷風のお辞儀をして最初の一杯にあずかると、どっと笑いが起こった。酔った船乗りの一団が、「いいぞ!」と野太い声をあげ、肉づきのいい遊女をかたわらに機嫌よく手笛を吹く。

一人が先陣をきると、ほかの客たちも次々と樽に群がり、もともとにぎわっていた店は、さらにお祭り騒ぎのような活気に包まれた。

「この店に音楽はないのか? だれか楽士を呼べ!」グレナデンはさらにその場を仕切り、大声で呼ばわった。

そんな余興がひと段落したところで、ようやく二人で女将のおすすめのウサギの煮込みや腸詰めなどを食べはじめた。しかし、店中の客がこちらの様子を気にして、ちらちら見てくるので、まともに食べた気がしない。ましてや自分に気があるとわかっている相手と、わざわざお近づきになるために食事するなんてことは、慣れていない。目の前の課題のために決死の覚悟をしているときは気にならなかったが、こうしてむかいあうと、グレナデンの容姿がほかの人々と比べて際立っていることも意識してしまい、ますます緊張に拍車がかかった。
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