0章 彼女の正義 (7/9) ~ 命の値段

 

 

結婚してから一年半ほどたったある日のこと。涼やかな風が吹き、日陰を作るためにそこかしこにあるぶどう棚の実が色づく秋のはじめのころだった。

スモモやイチジクがこんもりとつまれた朝市を、気晴らしに歩いていると、路地裏に人だかりができているのを見つけた。うめくような声が聞こえ、気になって人垣を掻き分けていくと、数人の男が、一人の浅黒い肌の男を袋叩きにしていた。

「この黒ブタ野郎! おまえらのせいで、女房が死んだんだ」

ぐったりと頭を垂れている色黒な男の両腕を、ほかの二人の男たちがつかみ、もう一人が頭や腹を殴る蹴るしていた。血が飛び散り、つかまれている男はもう自分で体を起こすことも、声をあげることもできないようだった。

「やめて!」

イスノメドラは人垣を掻きわけていって、暴行を加えている男の前に割って入った。

男はにらんできたが、相手の正体に気づいて目を丸くした。

「イスノメドラじゃないか」

周囲の人だかりもどよめいた。

「そこをどいてください」

「どうしてこんな酷いことするの?」

腕を支えていた男たちが投げ出したので、黒い肌の男はドサッと石畳の上に突っ伏した。目の前にいる首謀者らしき男は、わかりきったことを聞かれたような顔をした。

「どうしてって……、こいつがマヌ人だからさ。俺たちはマヌ人のおかげで、さんざんな目にあった。みんな、そうだろ?」

男は同意を求めて周囲を見まわした。

力つきて倒れている浅黒い肌の男は、ここよりもずっとずっと東にある大国、マヌ王国からやってきたのだ。とても歴史の長い国で、世界一美しい常夏の都があり、王は三つの目を持つ生き神だなんて、おとぎ話のような噂もある。マヌ人はみな一様に、浅黒い肌、黒い髪、黒い瞳をしていた。それは古城で悪事を働いていたキルクークと同じ特徴だ。彼の生首には、第三の目の入れ墨まであった。

取りかこんでいる人々の中には、男の言葉にうなずいている人もいたし、うしろめたいように目を背ける人も、事の成り行きをおもしろがって目を光らせている人もいた。

「マヌ人だからなんだって言うの? 悪事を働いたのはキルクークで、この人じゃない。肌の色が違くたって同じ人間でしょう」

イスノメドラは、加害者と傍観者にむかって呼びかけた。だが、人だかりの中心に進み出てマヌ人を助けようとする者はいない。男たちに反撃されるのを恐れているのだろうか?
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