0章 彼女の正義 (7/9) ~ 命の値段

「罪だなんて。さっき、マヌ人を助けたかっただけだって言ったじゃないか。だったら最初から罪なんてない。濡れ衣を着せられてるのは君だ。マヌ人がやったと言ったって、どうせ死んだ人間は罰を受けないんだ。だれも苦しんだりしない。正しいことをした人間が苦渋を舐めるなんて間違ってる」

「私が正しいのなら、なおさら裁判をして身の潔白を証明すべきよ」

「周囲に認めさせることが、そんなに重要なことか? 裁判官も陪審員も、グラフィスと同じようにマヌ人を蔑視してる奴らだ。法律は秩序を守るためにあるんであって、善悪の判断をするためにあるわけじゃない。身の潔白を証明するなら、自分の胸に聞いてみるだけで十分だ」

「秩序を乱すのも罪よ。やっぱり、私は罰を受けるべきなのよ。死んだ人の家族は悲しんでる。あのマヌ人は、自分の命もかえりみずに私をかばってくれた。その彼の名誉を汚すなんて、人として最低だわ」

イスノメドラは膝に顔を埋めて首を振った。死刑になるかもしれないという緊張で、胸がきしむ。死刑判決が下れば、広場で公開処刑されて、死体は磔になって鳥のエサになる。

「潔白だって言ったり、罰を受けるって言ったり、言ってることが矛盾してるよ。しっかりしてくれ」

リュンケウスは格子に手をかけて、説得をつづけた。

「君が死刑になったら、犠牲になったマヌ人だって浮かばれない。グラフィスに金を払うのは嫌かもしれないけど──」

「そんなことを言ってるんじゃない!」

リュンケウスは、世の中金さえあればどうにでもなると思ってるようだった。そして実際に、その通りのことをしようとしてる。

「あなたはさっきから、お金の話ばっかり。いくら払えば証言を変えられるとか、口止めできるだとか。自分のために他人に罪を着せてもなんとも思わないの? 私が殺した人の命は、お金じゃ買えないのよ!」

猛烈な勢いで批難されて、リュンケウスはむっとしたようだ。

「買えるよ。人の命は、金で買える」

思いがけず、完膚なきまでにそう断言されたので、イスノメドラはドキリとした。

リュンケウスはおもむろに、服の右腕の袖をまくりあげ、上腕が見えるようにした。

「これを見て」

と、示された腕には人工的な模様をした火傷の痕があった。

「俺が金で買われた痕だ」

イスノメドラは痛々しい傷痕を見て、息を飲んだ。これは、奴隷に押される焼き印だ。

リュンケウスは解放奴隷である、と以前グレナデンから聞いたことがある。もとはと言えば、リュンケウスとグレナデンが知りあったのは、奴隷市場なのだ。

傭兵の給金で懐の温かかったグレナデンが、たまたま競りに出されていたリュンケウスを見つけて、奴隷として買い取った。そして、アノマニーという特殊な体質を見込んで、剣など一度も握ったことのない暗い目をした少年だった彼を、戦場で使えるよう、一から叩き上げたという。魔力のある捕虜を大人しくさせるのにも、彼の血は便利だった。また、文字の読めないグレナデンは、読み書きが必要なときにも彼のことを使ったようだ。

リュンケウスは街育ちなので、街の子供たちがよく通う読み書きや計算を教える教室にも通ったことがあり、人並みの教育を受けていた。

奴隷は主人の許可さえもらえれば、自分を買い取ったときに支払った額と同額を主人に支払って、自由を買い取ることが、法律で許されている。許可をあたえるかどうかは、完全に主人の判断によるものだ。グレナデンはすぐにリュンケウスに、自分自身を買い取ることを許した。しかしそのために彼が要求したのは、もともとのリュンケウスの値段の倍の額だった。

それからリュンケウスは五年間、死に物狂いで戦場を駆けまわり、グレナデンに給金の大半を天引きされながらも少しずつ金を貯め、とうとう自分の自由を買い取ったのだった。
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