0章 彼女の正義 (9/9) ~血文字

 

 

それから何日ものあいだ、イスノメドラは部屋に閉じこもる生活をつづけた。くる日もくる日も、食事は召し使いにドアの前まで運ばせ、風呂には一回入ったきりで、トイレに行くとき以外はほとんど部屋の外に出ない。グレナデンはどこに行ってしまったのか、留置所を出た日以来一度も家に帰ってこなかった。

数日経ったころ、かわりにリュンケウスが訪ねてきたが、召し使いを戸口に立たせて、自分は顔を出さなかった。彼は『まずいことになったから、直接会って話したい』という伝言を残していった。そんな伝言を聞いても、今の自分にはまずいことだらけなので、なんとも思わなかった。内容を聞いたらもっと不快になるだけのような気がしたので、話したいとも思わない。もし、賄賂を払ってもみ消しをしたのが、だれかに知られたとかいうのだったら、私を逮捕して死刑にでもなんでもすればいいのだ。

そのうち心労がたたったのか、体調を崩して、一日中吐き気にまで蝕まれるようになった。

 

ある日、いつものようにふらふらトイレに歩いていくと、ひさしぶりにグレナデンの声が聞こえてきた。

懐かしさと不安で、胸がいっぱいになる。身の処し方は決めきれていなかった。なんて話をすればいいのか。彼の顔を見たら、思いつくかもしれない。体が震えそうだ。なにを期待していたのかは、自分でもはっきりはわかっていなかったが、たぶんなんでもいいから、優しい言葉をかけて欲しかったのだろう。私の心配事はただの考えすぎだと、思わせてくれるようななにかが起こってくれたらいい。

でも、声の聞こえてくる居間をのぞいて愕然としてしまった。グレナデンはまっ昼間から、長テーブルの上で、双子の女と抱きあっていた!

「信じられない」

妻の存在に気づくと、グレナデンは慌てふためくどころか舌打ちした。

「閉じこもってるんじゃなかったのかよ。こんなときに出てくるなんて」

「これはなんなの?」

普通なら怒るべきところなのかもしれないが、狐につままれたように現実感がない。あまりの衝撃に感覚が麻痺してしまい、持つべき感情も当然わき起こってこなかった。

「彼女だよ」

グレナデンは友人にでも紹介するようにそう言って、テーブルから降りた。

女たちは二人とも同じ顔で、まったく同じきまりの悪そうな表情をしている。育ちの良さそうな娘には見えなくて、ほとんど肌も露な薄布に身を包み、たぶんグレナデンにもらったであろう、黄金でできた手枷足枷のような金細工を四肢にはめている。かわいい顔と豊満な体以外にはなんの取り柄もなさそうな、どこにでもいる頭の悪そうな女。鬱と吐き気に蝕まれ、真冬の月のように青ざめたイスノメドラとは違い、二人の女は健康的で、弾けるような生気に満ちていた。

「ちょっと金取りに戻っただけだから、すぐ行く」彼は慌ただしく身なりを整えはじめた。一言の弁解もなく、留守中に起こったことについてたずねる気配もない。

「今までどこに行ってたの?」

「パナパナ島で波乗りしてきた。波が高くて楽しかった」

そう言って彼は、場にそぐわない脳天気な笑みを浮かべた。言われてみれば、こんがり日焼けしている。それから、プリモスの剣を収めたベルトを締め直しながら──グレナデンは今でも飾り剣ではなく、実戦用の剣を持ち歩いている──言い足した。

「俺がいないあいだ、いろいろゴタゴタしてたんだって? なんか、噂で聞いたんだけど、おまえが治局に賄賂を払ったとかどうとか。おまえにもそんなとこがあったなんて意外だったなあ」
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