1章 赤い石 (2/2) ~ 襲撃者の影

 

 

しばらくして、トゥミス帝国とマヌ王国の国境である〝大地の裂け目〟に到着した。

今立っている帝国側はぎりぎりまでサトウキビ畑がつづいていて、崖っ淵には柵もなにもない。突然世界の果てのように地面が途切れ、それが見渡す限りつづいている。

崖に近づいていくと、世界の果てのさらにむこう側の世界が見えた。むせ返るような緑のジャングルがどこまでも大地を覆いつくし、黄土色の濁った大河が、緑の中に横たわる大蛇のように、堂々と蛇行していた。隙間なく木々の生い茂っている中から、時々ひょろ長い木が突き出ていて、そのあいだを赤い尾長インコの群れが飛び交っている。はるか彼方に、なだらかな稜線を描いた活火山がどっしりと構え、頂上からは今も煙が立ち、煮えたぎったマグマの流れる赤い色がここからでも見える。

まるで太古の風景だ。

ララはカラスのあとについて、その断層にそって造られた数少ない階段を下りはじめた。岩壁を荒く削り出した狭い階段で、風化しかけたようないびつな段差が下までジグザグにつづいている。もともと一人分の幅しかないが、時折壁に張りつかなくてはならないほど狭くなっているところや、急になっているところがあるので、馬などで進むのは無理そうだ。今から二十年近く前、トゥミス軍はこの断層と、その先の過酷なジャングルのために、マヌ王国への侵略を断念した、と戦史に書いてあった。

山一つ分の高さはありそうな、信じられないほど長い階段を下りていくと、崖の地層が、暗灰色や黒や黄土色などに、移り変わっていくのがよくわかった。それが幾重にも積み重なって、波打った縞模様になっている。

「ここにある地層で一番古いのは、二十億年も前のものなんだって」

と、カラスがどこかで仕入れた知識を教えてくれた。

一歩下りるごとに、時代をさかのぼっているようだ。

ひたすら下りつづけたのに、一番下に着くころには、だいぶ日が傾いていた。

断層の上と下では空気が違う。下はなんだかすごくジメジメしていて、蒸し暑い。生えている植物も違っていて、見たこともない植物ばかりがひしめきあっている。大人が五人手をつないで輪を作ってもかこみきれないような巨木が何本もある。上から見下ろすと緑の絨毯のようだったが、下から見上げると天空を支える柱のようだ。その木の根が地面を覆っていて、平たんな場所は少しもない。根と根の間のくぼみには温い水がたまっていたり、シダが群生していた。始終、鳥やら猿やらの鳴き声が聞こえてきて、かなり騒々しい。

虫除けのレモンのような香りのする香油を全身に塗り、道なき道を進んだ。

チタニアの森とはまるで勝手が違い、何度も木の根につまずいたり、ぬかるみに足をとられたりした。歩きにくいうえ、空気まで肌にまとわりついて気持ちが悪い。つねに熱い湯気にさらされているようで、汗が流れても蒸発しないのだ。

「ちょっと待って、歩くの速いよぉ」

ララはあえぎながら言った。カラスはそんな痩せぎすな体のどこにそんな体力があるのだろうか。足が長くて歩幅が広いので、木の根から根へ軽々と渡っていってしまう。

「急げ。今日中に川まで行く」

断層を離れてしばらく経つが、カラスはそのあいだ一回しか方位磁石を見ていない。後ろを振り返っても、鬱蒼とした葉に遮られて遠くまで見通せない。前も後ろも同じような木々が生い茂っているだけで、目印になるようなものなんてなにもない。大丈夫なんだろうか?

「道、あってるんだよね?」

心配になってそう聞くと、カラスは振り返らずに答えた。

「道なんかない。方向はあってる」

その答えに、ララはますます不安になった。
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