1章 赤い石 (2/2) ~ 襲撃者の影

 

その晩、ララは本当に木のうろの中で寝た。うろの中は狭かったが、横になって丸くなってしまえば、それほど窮屈さは感じなかった。暑いので掛け布をかぶる必要もない。堅パンと干しバナナと、歩いている途中で見つけた変な果物を食べると、明日に備えて、さっさと寝る体勢に入ってしまった。疲れていたおかげで、滝の轟音に悩まされることなく、すぐに眠りに落ちた。

ところが、それからあまりたたないうちに、妙な胸騒ぎで目を覚ました。あたりはまっ暗で、まだ朝がきたわけではない。

──もしかして、人食いカバ?

恐る恐る体を起こして、外を見ようとして、ぞっとした。十歳くらいの見知らぬ少年が、編み目状の木の隙間から、こちらをのぞいていたのだ。しかも、その少年が普通じゃない。額に一つよけいに目がついている。

瞬きをしているから、作り物ではないのがわかる。普通の位置についている二つの目は黒く、三つめの瞳は紫色に光っていた。その光で、少年の幼い顔だちが浮かびあがっていたが、あまりにも無気味で、かわいらしいとは思えなかった。その顔は無表情で、生気がなく、こちらをむいてはいても、目の焦点があっていないようだった。肌は浅黒く、髪も黒い。

驚いて動けないでいると、少年が木の隙間から手をのばしてきた。途端に、ララの胸にかかった赤い石が、強烈に輝きだす。どうやら、これを欲しがっているようだ。屈めば入り口から入ってこれるのに、少年は頭の悪い動物のように、立ったまま小さな隙間から手をのばしつづけてる。動きにしなやかさがなく、木偶人形のようにぎこちなかった。

ララは石を守ろうと握りしめたが、火傷しそうなほど熱を帯びてたので、とっさに放した。

「ララ、逃げろ!」

どこかからカラスの叫ぶ声がした。外に注意をむければ、聞こえてくるのはカラスの声だけではない。なにやら騒がしかった。

わけがわからなかったが、ララは本能的に身の危険を感じて、呪文を唱えた。

「フィアラ!」

少年の着ている服に、火がついた。だが普通なら驚いて火を消そうとするはずなのに、三つ目の少年は無反応だ。顔色一つ変えずに、石をねだるように手をのばしつづけている。赤い石は見えない力でそちらに引きよせられ、ペンダントの革紐が首に食いこんだ。ララは火傷覚悟で石を握って引き止めた。そうこうしているうちに、少年は火だるまだ。逃げようにも、出口に立ちふさがってどいてくれない。

ララは木の内側を登り、大きな隙間を探した。見つけると強引にそこをくぐり抜け、地面に落ちた。

木の根ででこぼこしたところに落ちたので、あちこち打って痛い。顔をあげると、少し離れたところで、数人の色黒の男たちが、銃を手にカラスのことを追いまわしていた。一人だけ、鏡のような銀のマントをまとった男が、追いかけずにこちらを見ていた。すっぽりかぶったフードの下に、浅黒い肌と残忍そうな黒い瞳が見える。マヌ人だ。ララは初めて見たが、日焼けで茶色いのとは違うので、そうなのだろうと思った。少年のときは額の目に気をとられてそれどころではなかったが、今度はわかった。やってきた人間たちは、全員マヌ人だ。

「そいつに構うな。逃げるんだ!」

カラスが追われながら叫んだ。

「首にかけているものを、こっちに渡せ」

マントの男はそう言って近づいてきた。ララは立ちあがって後ずさりした。

「仲間がどうなってもいいのか?」

獲物をねらう蛇のような視線に射抜かれて、背筋が冷たくなった。

「フィアラ!」

夢中で呪文を唱え、カラスのほうにむかって走りだした。ほかの男たちにも火をつけて、追い払うつもりだった。だが、マントの男に魔法は効かず、走って追いかけてきた。振り返ると、男は懐から銃を取り出して紫色の光線を出していた。ララは頭がまっ白になってしまい、方向をそれ、視界に入ったすぐ近くの岩場から、滝壷にむかって飛び降りた。

不用意な体勢で滝壷に落ちると、水面が針のむしろのように肌に突き刺さった。幸い予想通り水深がある。がそのかわり底に足がつかなかったので、すぐにおぼれてしまった。もがけばもがくほど、口や鼻に水が流れこみ、痛みで気が遠くなる。

ララを追って、ほかの男たちも滝壷に飛びこみはじめた。追っ手の一人がララを捕らえたが、逆におぼれるララにしがみつかれて、水中でもつれあってしまう。呪文を唱える余裕もなく、できたとしても水中なので、火をつける意味がない。すると、そこにカラスが飛びこんできて、後ろから男のうなじにナイフを突き立てた。男は水中に鮮血をまき散らしながら沈んだ。ララはカラスから差し出された背負い袋につかまった。

カラスはララを引っぱって水辺まで泳ぎきると、袋ごと陸地に突き飛ばした。カラスはまだ水につかったままだ。追っ手は足のつくところまで来ていて、銃を構えている。

「危ない!」

ララは叫んだ。それとほぼ同時に、稲妻のような電流が水面を走り、青白く光りながら滝をさかのぼっていった。銃を構えた追っ手は電撃をくらって倒れた。ほかの男たちも、全員死んだ魚のように水面に浮かんでいる。本当に魚も浮かんでいた。

カラスは息を切らしながら、後ろを振り返った。酒場の男たちのように気絶させただけなのか、本当に殺したのかは本人にしかわからない。でも、仮に生きていたとしても、うつ伏せになって水面に浮かんでいる男が溺死するのは、時間の問題だ。刺された男も助からないだろう。カラスは硬い表情のまま、まだ右手にナイフを握りしめている。

滝の上の岩場から、銀のマントの男が見下ろしていた。集団の頭らしきその男は、カラスの攻撃を警戒して、滝壷には飛び降りてこない。

「行こう」

と言って、カラスはララの手を取った。抑揚のない声がかすかに震えている。

ララは放心状態のまま、引きずられるようにその場をあとにした。

赤い石はそのあいだも光りつづけていた。