2章 ホタル草 (2/4) ~ 世界一ごちゃごちゃした街

 

 

川沿いの道なき道は、やがて密林に埋もれかけた赤土の道になり、それが石を敷いた街道に変わってしばらくたったころ、とうとう目的の街が姿をあらわした。

肌を焼くような日差しが、ジャングルの猛威をさえぎる重厚な石の城壁を照らしている。城門の両脇には、獅子の胴体に猛禽の頭をした巨大な怪物の石像があり、鋭いくちばしを開いて、門をくぐり抜ける人々を威嚇していた。朱塗りの扉は開かれたままで、衛兵が通行人を監視していた。街道を行き来しているのはマヌ人ばかりだ。市場に卸す果物などを、荷車には載せず、牛の背に直接背負わせたり、大きな天秤で担いだりしている。街道の敷石が木の根に荒らされてでこぼこになっているので、そのほうが効率がいいようだった。外国人はめずらしいのか、すれ違い様にちらちらこっちを見てくる。なにか話しているが、マヌ語なのでなにを言っているのか全然わからなかった。

滝で襲われてから、三日かかる予定だった道のりを、大急ぎで二日に縮めたので、ララもカラスと同じくらい目の下にクマができ、汗だくで、へとへとだった。

ほかのマヌ人たちがすんなり門をくぐり抜けるなか、ララたちだけは衛兵に呼び止められてしまった。マヌ人の兵士は銃や剣のかわりに、刀を腰にさしている。金具のついた革の剣帯ではなく、布帯だ。ララは呼び止められただけで、なんとなく動揺してしまったが、カラスが一言二言マヌ語でなにか言い、拝むように両手をあわせると、すぐに通してくれた。カラスは片言だがマヌ語が話せる。前にもマヌ王国を旅したことがあって、そのとき少し覚えたのだ。

「なんて言ったの?」

「マヌ教徒のフリして『私はマヌ神を崇拝し、その御使いである王を崇拝します』って言った。ヴァータナは聖地だから国中から巡礼者が来る。ひっきりなしによそ者が来るから、衛兵もそういうのには慣れてんだよ」

「ふーん」

「マヌ人はみんなマヌ教徒だから、外人呼ばわりされて困ったことになったら、おまえもまわりと同じことを信じてるフリをして、仲間だと思わせときゃいい。マヌにはチタニアからの移民もいるし、白い肌のマヌ教徒もいる。間違ってもほかの神様を信じてるとか言っちゃだめだぞ。言葉わかんないから平気だと思うけど」

城門を抜けた途端、ものすごい数の人、人、人の海だった。三、四階建ての木造の建物がひしめきあって立ち並び、その隙間を縫うように、細くて入り組んだ街路が走っている。建物はみな、こげ茶の壁と朱色の屋根に統一され、木製のベランダには繊細な透かし彫りが施されている。狭い通りを挟んだベランダとベランダのあいだには、洗濯紐が渡してあり、色とりどりの洗濯物が強い日差しを浴びて旗のように干してあった。その下は黒い頭で埋めつくされている。雑踏は心なしか早足で、飛び交う言葉の語気も鋭く、早口に聞こえた。

着ているのは見なれない形の民族衣装だ。前合わせでボタンはなく、ベルトではなく帯びを締める。その下に、女性は丈の長いスカートをはき、男性はズボンをはくようだ。が、肉体労働をしている人の中には、男でも短いスカートをはいたり、腰巻だけで上は裸の人もちらほらいて、着こなし方はいろいろだ。足もとはサンダルが多かった。

ヴァータナは色々な意味で、ララの想像とは違っていた。以前読んだ本に『世界一美しい街』と書かれていたので、熱帯の楽園のようなところを想像していたのだ。青い海に南国の花々が咲き乱れ、日焼けした人々がヤシの木陰でのんびりと涼みながら、目にも鮮やかな果物を食べたりしているのかと思っていた。でも実際のヴァータナは不快なほど蒸し暑く、灼熱の太陽は殺人的な光線を放っていた。街中には木も花もほとんどない。たとえ建物の影に入っても、蒸し暑さからは逃れられない。異国情緒ある街並みには、それなりの風情はある。が、美しいというにはあまりにもごちゃごちゃしすぎていて、人も多すぎた。道端にはゴミも散乱しているし、雑踏に染みついたお香なのか香辛料なのかわからない妙な匂いに混じって、饐えたような悪臭もする。

しかし予想に反して、その猥雑なところもおもしろかった。もともとある飲食店や雑貨屋などの前に、さらに即席の屋台が開かれて、広げた布の上に、奇妙な果物が並んでいる。串焼きにされたコウモリや、生きたカエル。店中きんきらきんの宝石屋の前で、肉屋が蛇の生皮を剥ぎ、絞りたての生き血を客に飲ませていた。店の少年が葉のついた枝で、バナナの葉に置いたナマズにたかるハエを追い払っている。客引きの威勢のいいかけ声が、活気のある人ごみの上を飛び交っていた。

道端には、芸を披露している大道芸人もいる。歌うような口上とともに粘土の塊を飲み込むと、口からみごとな粘土細工を吐き出して、それを売っていた。子供たちが夢中になってそれを見つめている横で、大人たちも笑ったり驚いたりしながら、子供に粘土細工を買いあたえていた。ララはママのことを思いだして、恋しくなった。だけど、もうじき会える。
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