2章 ホタル草 (4/4) ~ 花壇と兵士

 

追ってこないことはわかっていたが、全力で走った。廊下にたどたどしい足音が響き渡る。歩いていた官吏たちが驚いている横をすり抜け、適当に走っているうちに庭園にでた。

そこは建物と建物のあいだにひっそりとある小さな庭だった。太陽が低くなっているせいで、壁に日射しがさえぎられてうす暗い。さっき通ってきた広い庭は芝と石像ばかりでがらんとしていたが、この狭い空間に寄せ集まった茂みには、ララが最初に想像していた通りの、南国の花々が咲いていた。小さなパイナップルやハイビスカスがあり、ハチドリまで飛んでいる。

でも見て一番驚いたのは、花壇に植えられている花だった。小さな白い花が花壇いっぱいに咲き、ぼんやりと青白く光っていた。

この花は、魔の森でも見たことがある。花の形はスズランに似ているが、葉の形は違う。鈴のような白い花弁の中で、めしべがホタルのように強弱をつけて淡く光るから、ホタル草と呼ばれている花だ。

冬になれば雪に覆われる北の大地で咲いている花が、この熱帯の国でも咲いているということが不思議だった。

ララは走り疲れていたので、花壇の前にへたりこんだ。

 

魔の森には、野生のホタル草の花畑があった。小川のほとりの少し開けた場所で、夏になると一面、白い花で埋めつくされる。チタニアの夏は短いから、花は一斉に咲いて、一斉に枯れてしまう。花は夕暮れ時から宵の口にかけて光る。

森にはずっと住んでいたが、そこに初めて来たのは五歳のとき、ママに連れてこられたときだった。マヌに定住するようになる前は、ママはたびたび森に来てくれた。ララもそうだが、ママや弟子たちは魔の森で育ったので、外の人と違って森の中で迷わない。その花畑はママが子供のときからあって、『ずっと自分だけの秘密の場所だった』と言っていた。ママはその場所を、ララにだけ特別に教えてくれたのだった。

おばあちゃんから、危険だから登ってはいけない、と言われている険しい岩場を越えて、しばらく進むと、暗い森の中に青白い光が見えた。

もうずいぶんと昔のことだったが、そのとき見た光景ははっきり目に焼きついている。瑠璃色の空に黄色い月が浮かび、その下で数えきれないほどのホタル草が競いあうように光っていた。

綺麗で、嬉しくて、ママと一緒に花畑の中で、踊ったり、転げまわったりした。でも遊び終わったら、ママがまた森の外に帰ってしまうということがわかっていたから、遊んでいるあいだも、遊びがいつか終わってしまうのが怖かった。ママは必ずおばあちゃんや弟子たちと顔をあわせないようこっそりやってきて、森で一夜を明かさずに帰ってしまうのだ。

ホタル草の花畑で、ママとずっと遊んでいたかった。でも夜がふけてくると次第に花の光は弱まり、あたりは暗闇に染まっていった。そして月が黒い木陰に隠れ、神秘の光が消えた頃、ママは言った。

「岩場を越えたことは、みんなに言っちゃダメだからね」

ママは人さし指を立てて、唇に押し当てた。もう、帰ってしまうんだ。
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