3章 迷いの森 (1/8) ~ 王様に会えるのは光栄なことです

3 迷いの森

 

 

〈……と、いうことで、陛下がご祈祷からお戻りになられ次第謁見の間にお通ししますので、それまでに身なりを整えてこの部屋でお待ちください。時間になりましたら、お迎えにあがりますので〉

女官は早口のマヌ語で言い、着がえの清潔な服を応接室のソファーの上に置いた。

カラスはたじろいだ。早過ぎてなんて言っているのか、聞き取れなかったのだ。

〈もう一度、ゆっくり言ってください〉

あまりうまくないマヌ語で聞き返すと、年増の女官は、耳の遠い年寄りでも相手にするように大げさに口を動かし、

〈着がえて。王様と会うから〉と言った。

「はあ!?」

〈あなた方のことを話したら、陛下が直接話がしたいとおっしゃったのです〉

話が急すぎる! なんで? なんの話があるっていうんだ!? ──そう思ったが、トゥミス語で思ったことを、マヌ語に訳さなければならなかったので、口に出すのに時間がかかった。

普段使わない頭を酷使しているうちに、別の男の官吏が、勝手に背負い袋の中を探りはじめた。

「おい! 勝手に見んな」トゥミス語で言った。

官吏は背負い袋の中からナイフを取りだした。ドキッとした。滝壷で男を刺したやつだ。女官はそれを見て、

〈しばらく荷物はあずからせていただきます〉と言った。

取りあげられたら、ここから身動きとれないじゃないか。

〈それは武器じゃない。日用品だ〉

〈そうでしょうとも。でもここでは必要ありません。お帰りになるときに返しますから、ご安心を〉

〈俺はまだ謁見するなんて言ってないぞ〉

〈断るというのですか。なんと無礼な。光栄なことなのですよ。喜びなさい〉

一方的な言い分に、腹が立った。

〈喜べない〉

と言うと、女官は相手の言葉が通じないフリをした。

〈陛下ならティミトラ様の居所もご存じかもしれません。あなた方のためです〉

女官は当たりのよさそうな柔和な笑みを浮かべた。さっきまではどこで聞いても、『わかりかねます。お引き取りください』の一点張りだったのに。

〈国王陛下が俺みたいな貧乏旅行者に、なんの話があるっていうんです?〉

〈きっとティミトラ様のご家族と会って、彼女の功績を称えたいのです〉

そう言って、女官はお面が張りついたようにずっと微笑しつづけている。マヌ人ってやつは、おかしくもないのにやたらと微笑する。嘘臭くて気味が悪い。

〈なにかわからないことがあったら、係りの者におたずねください。ドアの外に立っておりますので。外に出るときも、ひと声おかけください。ララ様のことは私どもが探しますので、あまり宮殿の中をうろうろしないでくださいね〉

係りの者、というのはさっき袋の中を探っていた男だ。これじゃまるで監視だ。

〈ごゆっくり〉

女官は顔に微笑みを張りつけたまま、男の官吏とともに部屋を出ていった。
次のページ