3章 迷いの森 (6/8) ~ マヌの神話

 

 

リチェの家のまわりは、いくらか木が切り倒されて開けた土地になって、そこには小さな畑があり、鶏や山羊なども少しいて、自分たちの食卓に並ぶだけのわずかなものだが、収穫することができる。

しかし、冬が訪れ、畑が雪をかぶって放っておくしかなくなると、弟子たちは土の下の根菜や、それまでに蓄えてきたもので暮らし、太陽が出ている短い昼のあいだは、ソリ遊びや雪合戦に興じていた。家では書物を読んだり、縫い物をしたり、リチェがいつもやっている写本作りを手伝ったりもする。

一番弟子のカシムだけは、日がな一日リチェと書斎で作業しつづけることが多くなり、面倒な顔料の調合も、色つきの飾り文字や挿絵を写すのもお手のものだった。春になれば、そうした写本を馴染みの商人のもとに売りにいって、現金を得ることもあるらしかった。

うさぎの一件があってからはララからも避けられるようになってしまい、俺に構うのはリチェと、頭のネジが緩み気味のイフィーという弟子だけだった。うっかり外に出ると、雪玉を投げてくる。暇なのでやり返してみたりもするのだが、引き際というものを知らないので、こちらが飽きて魔法で失神させるまでやめない。

俺が何度目かの脱走に失敗した夜、リチェは寝室でマヌ人たちの神話を、弟子たちに語り聞かせていた。リチェは色々な土地の神話や昔話、自作の寓話などを毎晩一話ずつ語った。

寝室には星空模様の群青色の天蓋がついたベッドが六つ、孤児院さながらに並んでいる。それぞれの持てる個人的な空間は、その天蓋の中しかなかった。それでも俺以外はだれも不平を漏らさない。弟子たちはなんでも分かちわうから一人だけの持ち物なんてほとんどなかったし、自分からあえて秘密を作ろうとはしないようだった。

弟子とララで五人、リチェは自分の個室で寝ているのに、大部屋の寝室には最初から六つのベッドが置かれていた。不思議に思ったのでカシムに聞くと、森に迷いこんだ人間が病気や怪我で治療が必要なときはベッドがいるから、一つ余分に置いてあったのだという。数があわないことに気づいたときは、なんだか最初から俺用に用意されていたようで気味悪かったが、そう言われてみればその通りだ。

冬の夜は長く、曇ったガラスのむこうでは、連日雪がちらついていた。寝物語を聞くにはあまりにも大きくなりすぎた男たちが、少年のように目を輝かせて、母のように慕っているリチェの話に耳を傾けている様は、部外者から見るととても滑稽だ。時にはそれが哀れにも見え、虫酸が走って殴りたくなったりもする。

俺は天蓋を閉めきってふて寝していた。部屋の中央に置いた椅子に座って話しているリチェの声が聞こえてくる。
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