3章 迷いの森 (7/8) ~ 魔女の正体

 

 

リチェの意識はすぐに戻ったが、体調のほうはよくならなくて、倒れてからはほとんどベッドで寝たきりになってしまった。日を追うごとに衰弱していき、食べ物を受けつけなくなった。砂糖の入った紅茶を一口二口すするだけで、ベッドの上で体を起こしているのさえ辛そうだった。一度少し持ち直したときは、めずらしく弟子たちのためにクッキーを焼いたりもしていた。が、そのときも、結局すぐにまた倒れてしまった。

二度目に倒れて意識を取り戻したとき、リチェはララと弟子たちを一人ずつ枕元に呼びよせた。俺が呼ばれたのは一番最後だ。そこでリチェから言われたのは、まったく予想もしないことだった。ララのことを大事な届け物と一緒に、ヴァータナにいる母親のもとまで送り届けてほしい、というのだ。

「なんで俺なんです? 普段から兄貴ぶってるんだから、こんなときこそカシムにやらせればいい」

リチェは話しているあいだ、ずっと重そうな頭を枕に埋めたままだった。このひと月のあいだに憔悴しきって、ぐんと老けこんでしまっている。ベッドの上に力なく横たえた腕は枯れ枝のように細く、その手はあらためて見ると、古い羊皮紙のように萎びてシミだらけだった。声も小さく張りがないので、いつものような鋭さは感じられない。

「カシムには家のことを頼んである。あの子は物心ついたときから、この森の中の暮らししか知らないし、ほかの子たちもそう──外でうまく立ちまわっていくには、ちょっと純情すぎるのよ」

「先生は純情と未熟を取り違えてる。三十過ぎてそんな使いもできないなら、問題ありですよ。奴らをそんな腑抜けに育てあげたのは先生なんですから、責任取ってあいつらに頼んでください。それに、あっちだってそれでいいって言ってるんですか?」

「ええ、もう説得したわ。あなたよりも旅慣れてるカラスに任せる、と」

「ほかもそれで納得したんですか?」

「そうよ」

俺は困惑して頭を掻いた。

「俺は納得してない」

するとリチェは以前した約束を引っぱり出し、

「ここに来たとき、『償いをする』と言ったはずよ。助けてあげたこと、忘れたわけじゃないでしょう?」

あのとき償うと言ったのは、とりあえず命乞いするためだ。

「『私が許すか死ぬまで、森を出られない』とも言ってましたよね。先生が死ねば俺は自由の身になる。そしたらすぐに森を出ますよ。一人で」

「あなたに人の心があるなら、そんな酷いことはできないはずよ」

偉そうで恩着せがましい言い方だ。

「俺がいなくなれば、だれかほかの奴がやるでしょう」

俺は厄介ごとを押しつけられる前に部屋を出て行こうとした。ここを出られたら、森の住人とはすっぱり縁を切って、食っていくために、なにか新しい仕事を探すつもりだった。とりあえずは、どこかの農場の臨時雇いでもするか、呪術を使わなくてももとの旅暮らしに戻れるような、うまい仕事があればいいのだが。

自分のことだけでも手一杯なのに、そのうえ子供のお守りをしながら遥々ヴァータナまで行くなんて冗談じゃない。森育ちの子供を外に連れ出したら、なにもかも一から教えるはめになるだろう。途中で嫌になって置き去りにするくらいなら、今断っておいた方が親切ってもんだ。そんなしち面倒臭いことは、世話好きな奴にやらせておけばいい。

「カラス……」

ドアノブをつかんだところでリチェの声がした。どんな罵倒を受けても振り返らないつもりでいた。……が、後につづいたのは想像していたのとは全然違う言葉だった。
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