3章 迷いの森 (8/8) ~ 二人ぼっちの旅

 

まだ雪の溶け残った森を抜け、一番近くの集落で宿をとった。森の外に出たのは半年ぶりだ。やってきたころはまだ初秋だった。今は初春だ。

半年ぶりに酒場に入って酒を飲み、切らしていたタバコを買って吸った。でも半年間待ち望んでいたのに、どちらも期待していたほどうまいと感じなかった。魔の森からでられれば自由を謳歌できると思っていたのに、森から一歩踏みだしても、心の中にはなんの感動も起こらなかった。

ひさしぶりの人里で、以前していたように振る舞っても、ちっとも自由になった気はしない。娼婦でも買ったら気が紛れるだろうかと思ったが、いい女を見ても気持ちが盛りあがらない。

酒場で働いてる女の子に「具合が悪そうね」と話しかけられたので、「半年間魔の森で暮らしてて、たった今戻ってきた」と話すと、冗談だと思ったようだ。

森のほとりで暮らす農民たちのあいだには、魔の森には迷い人を導く賢者が住んでいる、という言い伝えがある。でも俺が本気で賢者の話をすると、「それはただの昔話で、迷信なんだ」と酒場の客は口をそろえて言う。

魔の森に住んでるという賢者をだれも見たことがないし、あそこはとても人の住めるようなところじゃない。俺の話を酔っぱらいのほら話だと思って、だれも信じない。

挙げ句の果てに、もし作り話じゃないなら、森の悪霊にたぶらかされて幻でも見たんじゃないか、なんてからかってくる。

俺は思った。

「おまえらこそ、幻なんじゃないか?」

真顔でそう言うと、それまで話していた客は顔色を変えて逃げていった。まるで話しているうちに相手が狂っていることに気づいたみたいに。

正直、自分でも疑ってしまいそうになった。が、手にはリチェからもらったユニコーンの角が確かに残っていた。

すぐに村を出て、魔の森に戻った。リチェの家についたのは真夜中で、ドアをノックするとカシムが出てきた。左頬が見事な青痣になっていたので、ぎょっとした。奴は幽霊のような顔をしていて、始終一言も言葉を発しなかった。

ララやほかの弟子たちは、だれ一人俺の心配などしていなかったようだ。ベッドの中で眠そうに体を起こし、暗がりで俺の姿を確認すると、やっと出ていった厄介物が帰ってきてがっかり、という顔をした。俺が凍えるような寒さの中、悪霊に惑わされて殺されそうになっていても、だれも暖かい部屋を出て探しにはこない。ドアを開けてもらえただけ、ありがたいことなのだろう。イフィーは起きてさえこない。すやすやと眠りこけている。この馬鹿はリチェが死んだってことを、まだ理解していないんだろうか?
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