5章 反逆者 (2/5) ~ 狼

 

 

完全にイカれきった奴ほど『自分は正常だ』と言うように、テロリストもまた自分のことを『革命家』だと称した。

名前はドゥーモ。歳は四十くらい。髪やヒゲは陰毛のように縮れていて、肌はマヌ人の中でもひときは黒い。そのため脂ぎって黒光りした顔は周囲の闇と同化して、ぎょろっとした白目と歯ばかりがいやに目立った。

最初に『おまえは何派だ?』と聞かれたので、カラスは『派もなにもわからない』と答えた。ドゥーモは無所属の政治活動家と解釈したようだ。自分の派への勧誘をはじめた。

〈……それでだな、我が同志、ウンチャカ=マチュルク様は言われた。虐げられている者たちよ、立ちあがれ! 欺瞞に満ちた権力者の支配から、人民を解放するのだ。聖戦の先には自由と平和、そして豊かさが待っている〉

人民を解放することと、昼間のように人ごみの中で自爆テロをすることが、どう結びついているのかわからない。でも聞かないほうがよさそうだ。長々と説明されても困る。この監房から出ることすらできないのに、今さら新人を勧誘しても無駄だとは思わないらしい。

カラスは硬い床の上に直接肌をつけて横たわっていた。石床なので冷たい。殴られたところは痣になって、体中痛かった。

カラスが丸めた背中をむけて返事をしなくても、ドゥーモは延々と一人で革命闘争演説をつづけていた。

〈今の王は偽者なのだ。あの第三の目は作り物だ、平伏してはならない。その証拠に、我々は本物の第三の目を持つ人物を知っている。今の王のいとこのクレハ様だ〉

〈いとこ……〉

ジャングルでララが見たと言っていた少年のことを思い出し、ドゥーモのほうを振り返った。自称革命家は相手が興味を示したと知って、意気揚々と説明した。

〈そうだ、高官以外は王にいとこがいることすら知らないがね。前王が亡くなられたとき、現王のリュージュは正当な王位継承者であるクレハ様に毒を盛り、王座を奪い取った。クレハ様は一命を取りとめたが、廃人になってしまわれて、どこかに監禁されている。リュージュはこの百年間でもっとも非情な独裁者だ。官吏でも命令に従わない者は容赦なく殺す。しかも王自身はトゥミス皇帝の下僕だ。今、ヴァータナが浮浪者であふれ返っているのは、神意に背いた王が国を治めているからなのだ。我々はクレハ様を探しだし、現在の傀儡政権を倒し、この国に真の王を立てる!〉

今のマヌ王がトゥミスの傀儡だなんて話は初耳だ。あの気色悪い額の目ん玉は、どうせ作り物だろうと思っていたが。でもそんなことよりも、クレハの話のほうが気になった。

〈探しだす? もうだれかに『誘拐された』って聞いたけど〉

単純に考えたら、ジャングルで襲ってきた男たちが誘拐犯なのだろう。

ドゥーモは歓声をあげた。

〈同志たちが見つけだしたんだ! やった!〉

〈ちょっと待てよ。さっきクレハは廃人だって言わなかったか? おまえら、廃人を王にするのか?〉

〈邪悪な王を倒せば、神の御力で正気に戻られる。たとえ我が身が牢獄で朽ちようと、思い残すことはない! 同志よ、我々には輝かしい来世が待っている。ともに祝おう〉

ドゥーモは〈革命万歳! 革命万歳!〉と叫びはじめた。

カラスは耳をふさいで、心の中でつぶやいた。

──おまえらのありがたい革命のおかげで、俺もララも死にそうだ。そんなに来世がいいところなら、この世で革命なんかしてないで、さっさとあの世に行っちまえばいい。死ね……自殺しろ……。

しばらくして、看守が階段を駆けあがってきた。

〈うるせえ! だれだ騒いでんのは?〉

革命家はまだ絶叫しつづけている。こっちまで気が変になりそうだ。

〈チタニー、そいつを黙らせろ〉

〈自分でやれよ〉

〈やったら、別々の房にしてやる〉

カラスは立ちあがってドゥーモの腹に蹴りを入れた。ドゥーモのほうもやり返そうとしたが、長く監禁されている分衰弱していたので、ほとんど抵抗できない。もう一度蹴ると胃の中のものを吐いて、おとなしくなった。とはいえ、出てきたのは胃液だけだ。

看守は骨と皮のようなドゥーモを引きずって、隣の房に移した。そのときはじめて隣の囚人の声が聞こえた。〈ドゥーモと一緒の房だけは嫌だ〉と、か細い声で嘆願している。看守は〈また騒ぎだしたら、隣のチタニーみてえに蹴り倒すんだな〉と言って鍵をかけた。隣の囚人はそれ以上なにも言わなかった。あの声からして、しゃべるのも億劫なほど衰弱しきっているのかもしれない。

看守が行ってしまうと、監房に静寂が訪れた。

やっと静かになった……。

カラスはまた石床に横たわり、目を閉じた。
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