5章 反逆者 (2/5) ~ 狼

 

 

眠っているあいだ、変な夢を見た。

カラスはララといつも通り、どこかの安宿から出掛けようとしていた。途中カウンターまで来たところで、ララが『忘れ物したからちょっと待ってて』と言って部屋に引き返した。が、いくら待っても戻ってこない。不審に思って部屋の様子を見にいった。

泊っていた部屋のドアを開けると、そこは安宿の客室ではなくなっていた。以前半年くらい庭師をやっていた屋敷の一室に変わっている。伯父の家から持ち出した金が減ってきて、まだ呪術で稼ぐことを覚える前のことだ。そこは主人の奥さんの、サミーという女の寝室だった。若草色の壁の広々とした部屋に、猫足の白い家具が並んでいる。天井には小さなシャンデリア。大きな窓にはフリルつきのカーテンがついていて、そのむこうには桃色のバラの咲き乱れる明るい庭園が見える。

カラスはそこで、主人の目に障るような枯れた花や落ち葉を片づけ、堆肥を作ったり、簡単な剪定をしたり、何時間も腰をかがめて草をむしっては、主人の虚栄心を満たす手伝いをしていた。芸術的な造園はできないので、任されるのはすでに美しく作りこまれた庭園を維持するための、地味な肉体労働だ。

でも、主人の留守中は、こっそり奥さんの寝室に忍びこみ、泥のついた作業着を脱ぎ捨てる。

奥さんのサミーと初めてちゃんと会話したのは、気だるい初夏の陽気に包まれた、昼下がりの庭園だった。花の植えこみに混じった小さな雑草をせっせと取り除いていると、近くで奥さんがバラのアーチの下に立って、ぼんやりと花を眺めているのが目に入った。しかし、彼女の目の前にあるバラがしおれかけているのに気づいて、しまったと思った。怒られると思ったのだ。主人のほうはちょっとした不手際でも、わざわざ呼びつけて嫌味を言う。

「すいません。すぐに片づけますから」

駆けつけて、平謝りしながらすぐにしおれかけた花をハサミで切ってしまうと、サミーは残念そうな顔をした。

「まだ咲いているのに切ってしまうの?」

「しおれかけてましたから」

サミーは長い黒髪をまとめて、涼しげな夏物のドレスに身を包んでいた。大きく開いた襟ぐりからのびる白いうなじの上で、木漏れ日が踊っていた。彼女はカラスより十歳以上年上だったが、まだ若く、今まさにこぼれんばかりに花弁をひろげきった花のように艶やかで、欠けていく直前の満月のように冷ややかだった。

「なんだか嫌ね。盛りをすぎたものはさっさと切り捨てるなんて……」

サミーは物憂げな表情でつぶやいた。

「バラのためには、どんどん切ってやったほうがいいんです。古い花をそのままにしておくと、新しい花が咲かなくなりますから。でもこうしておけば、すぐにまたきれいな花が咲きますよ。……あなたみたいに」

カラスがそう説明して気休めのような笑いをつけ加えると、サミーも微笑した。

「いつも主人にうるさいこと言われてるんでしょう? そんな小さな雑草なんて、いくら取ったってキリがないでしょうに。男の人のヒゲと同じで、朝きれいにしても夕方にはまた伸びてくる。ニイラスは暇でやることがないから、立場の弱い人の揚げ足を取るの。私にもね……」

夢の中で、サミーはリボンだらけのネグリジェを着て、豪華な天蓋つきのベッドに座っていた。

彼女は芝居と占いとおしゃれが好きだった。化粧台にはお気に入りの役者と同じ香水があり、クローゼットの中には、仕立て屋におだてられて買ったものの、袖を通していない服が何着もある。彼女は通りで物乞いをする貧民には一シグだって払わないが、自分に不幸な占いをしてくれる占い師の前には、喜んで金貨を積む女だ。そしてどこへ行くにもお姫様みたいに着飾っては、満たされなさを埋めてくれるなにかを探してる。劇場で、菓子店で、占いの館で。毎日毎日……。

あるとき彼女は寝室で、我慢ならなくなったようにわめいた。

「どうしたらそんな酷いことばかり言えるの? あんたは欠陥人間よ。人間として、大切なものが欠けてるの!」

「金か?」カラスは疲れきった顔にうすら笑いを浮かべた。

「出てって! 出てってよ。もう顔も見たくない。あんたはクビよ」

でも、夢の中のサミーはそんなことを言いだす前のサミーだった。しかも顔も違っている。確かにサミーなのだが、顔はティミトラなのだ。優しげに微笑んで、恋人を待っている。

カラスはティミトラの顔をしたサミーを押し倒し、甘い菓子の包み紙をむくようにその体を味わった。すごく気持ちよかった。彼女も喜んでる。けれど抱きあってる途中で、彼女の顔がさっと青ざめた。

「主人が帰ってきた!」
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