「カラス……カラス……!」
だれかに呼ばれてる。
「ララが喰われた」
寝ぼけながら寝返りをうって、驚いた。鉄格子のむこうにララが立っていたからだ。しかも女官に取りあげられたはずの背負い袋を背負っている。
「私、食べられてなんかないよ」
ララは片手に持った燭台で房の中を照らしながら、心配そうに言った。
「なんでここに?」
飛び起きて聞いてから、後ろに男が立っているのに気づいた。謁見の間で王の隣に立っていた混血の近衛隊長だ。揺らめくロウソクの火が、背後の石壁に不気味な黒い影を落としている。
「なにかされたのか?」
「薬飲んで、飲んだ石吐き出した」
「取られたのか」
カラスは近衛隊長をにらんだ。──涼しい顔をしてやがる。
ララは慌てて否定した。
「私が持ってる。この人がね、石は私たちの物だから渡さなくていいって言ってくれたの。荷物も返してくれた。それでね、私たちをここから逃がして、ママのところまで連れてってくれるんだって」
近衛隊長本人の口からも自己紹介があった。
「謁見の間で聞いただろうが、私は近衛隊長をしているアシュラムという者だ。酷い目にあったようで、申し訳ない。少しのあいだ我慢してついて来てくれ」
「ほんとに酷かったよ。ここの看守は最悪だ。出す気があるなら、こんなところに入れて欲しくなかったね」
思った通りに怒りをぶつけると、ララが弁護を返した。
「アシュラムが止めてなかったら、殺されてたかもしれないんだよ? 今だって、本当は出しちゃいけないのに、こっそり出してくれるのに」
「そんなの──」
当然だ! 入れられる覚えがねえ──思わず口から出そうになった言葉を、すんでのところで飲みこんだ。あまり食ってかかったら、出してもらえなくなるかもしれない。それにしても、こっそり囚人を逃がすなんて大丈夫なんだろうか? 『王に逆らえば生首になる』と兵士たちは言ってた。本当に逃がしてくれるのか? だとしたら、どういうつもりなんだろう?
カラスが訝しんで見ているうちに、アシュラムは持っていた鍵束で房の鍵を開けた。まっ先に、ララが駆けこんできて、思いっきり抱きしめられた。座っている正面に膝をつき、燭台を脇に置いて、細い腕を力いっぱい背中にまわしている。カラスは驚いてしまい、看守のことも、得体の知れない近衛隊長のことも、一気に頭から吹き飛んでしまった。
「ごめんね」
首筋に埋めた顔が泣きそうになっている。
「傷、痛いでしょう? 私が王様にあんなこと言わなければ……ごめん」
「おまえのせいじゃねえよ」
カラスはララの頭に手をのばしてクシャクシャにした。ララは背中が血まみれになっているのを見てショックを受けたらしかった。今血は乾いているが、看守につけられた切り傷はまだ痛む。こんな傷のせいで、おかしな夢を見たんだろう。全身打撲だらけなので、正直抱きしめられているだけでいろんなところが痛んだ。でもララには「そんなに痛くないから大丈夫だ」と言った。
格子のむこうでアシュラムが急かした。
「悪いんだけど、今は時間がない」
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