6章 帳の中に策をめぐらし (2/3) ~ 2人の王候補

 

 

それは四年前、まだ前王が亡くなったばかりで、リュージュは王候補者の一人にすぎず、アシュラムが近衛隊長になるまえのことだった。

リュージュとクレハ、第三の目を持つ二人の王候補者のどちらを王にするかで、官吏たちが激論するなか、田舎から都会に出てきたばかりのリュージュは、一人慣れない宮廷生活に戸惑っていた。『あれ』『それ』と言っただけで意思疎通できた昔なじみの従者とは別れてしまい、多すぎる世話係の顔と役職を覚えるのも一苦労。右も左もわからない広い宮殿を、一人で散歩しようものなら、道に迷ってしまって自分の部屋にさえ帰れない。

当時はそんな有様だったので、自分より遥かに宮廷のことを熟知している高官たちと、どう接したらいいのかもわからないでいた。

なので当然話しあいにも参加できず、暇をもてあまして、くる日もくる日も宮殿の池で釣り糸をたれていた。釣りは昔からの趣味だ。山河の多い北マヌの屋敷にいたころは、よく渓流釣りをしていた。

宮殿の池の水は渓流と違い、温くて生臭くて緑色に濁っている。庭を飾るための人工の池なので、小さくて錦鯉しかいない。投げ入れられた餌を食べるしか能がないので、餌を沈めるとすぐに釣れてしまった。

五匹目を釣りあげたとき、後ろから拍手が聞こえた。

「大物ですね」

アシュラムだった。リュージュは暴れる鯉を抱きかかえて釣り針をはずし、また池に戻してやった。釣ったのは五回目だが、一度釣りあげた鯉だ。

「鯉ばっかりで、おもしろくない。今は鮎の季節だ。屋敷にいたら、釣りに行ってたな。釣ったばかりのを、その場で塩焼きにするのが一番うまい」

もし王になったら、もう気ままに川に出掛けて釣りをすることもできなくなる。祭礼のとき以外、王は宮殿を出ないものだ。離宮で休養することは認められているが、そこから勝手に出歩くなんてことは許されない。パレードのような従者の列を率いて渓流釣りだなんて、想像しただけで滑稽だった。

うすら寂しい気分でよどんだ古池を見つめていると、アシュラムが言った。

「鮎が釣りたいなら、鮎を池に放されてはどうです?」

「そういう問題じゃないよ。自然の中だからいいのに、自分で放した魚を釣ってなにがおもしろい? なんだか、自分まで生け簀の魚になった気分だ」

「リュージュ様がその気になれば、庭に川だって作れます。そこに世界中の魚を放すことだってできるんです」

「そんな出費は宮内庁が許さないだろう。私は今、王でもなければ官吏でもない。敬意は払われても、権限はない」

「王位に就けば、権限も得られます。ですが、高官たちは貴方の権限を奪おうとしています。政治の場から遠ざけて、自分たちだけで事を進めるつもりでいる。こんなところで釣りなどしていたら、彼らの思うつぼです」

思いがけない相手から説教されて、リュージュは眉をひそめた。──家臣のクセに。

「私がなにをしようと私の勝手だっ」

餌をつけ直した針を、また池に投げる。

アシュラムは後ろでしつこく話しつづけた。

「リュージュ様を除け者にするどころか、亡き者にしようとしている輩までいます。クレハ様を王位に就けたがっている者たちです」
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