7 業火
ホタル草がしおれかけている。
五歳児のアシュラムは、花壇の前でしゃがみこんで、たった一本だけになってしまったホタル草を見つめていた。
昨日までは花壇いっぱいに花が咲いていた。でもアブラ虫がびっしりついていたので、それを追い払おうとして殺虫剤をたっぷりかけておいたのだ。だけどよかれと思ってやったのに、それがいけなかった。一本だけ残して花は枯れてしまった。その一本も枯れかけている。種から植えて、毎日水をやり、大切に育ててきたのに……。
アシュラムは花に小さな両手を覆いかぶせて影を作り、隣にいるマヤに話しかけた。
「こうしてると光るかな?」
その声はまだ甲高くて頼りない。
「光んないよ」
マヤは砂の上に花の絵を描きながら、むくれっ面をあげずに答えた。マヤはリュージュのお姉さんで、三つ年上の女の子だ。三人で植えた花を、アシュラムが枯らしてしまったので、ずっとご機嫌ななめだ。
そのせいでアシュラムはなおさらションボリしていた。うつむいて今にも泣きそうになっていると、マヤは急に横から顔を近づけてきて言った。
「アシュラムの目、綺麗。死んだらもらっていい?」
「うん、いいよ」
綺麗と言われたので、ニッコリしてうなずいた。
「マヤが死んだら、マヤのももらっていい?」
「うん、いいよ」
マヤもうなずいてニッコリ笑った。
二人は二人ともニッコリしているのが嬉しくて、さらに満面の笑みになった。
やがてマヤが立ちあがって、アシュラムの手を引いた。
「森の中に行こうよ。ここよりも、いっっっぱいホタル草が咲いてる花畑があるんだって」
「そんなの知らない」
「本当にあるんだから。ねえ、行こうよ」
アシュラムはあたり一面ホタル草の咲いている花畑を想像した。マヤにぐいぐい引っぱられて、のろのろと立ちあがる。
「庭を出たらお母さんに怒られるよ」
「ばれなければいい」
マヤはワクワクしながら跳ねるように二三歩進んだ。
「森の中って危ないんだって言ってたよ。狼が出るよ」
「弱虫! 本当は見たいくせに!」
マヤは手を放して、一人で勝手に森のほうへと歩いていってしまった。アシュラムはその場に突っ立ったまま、そわそわしていた。マヤは庭と森とを分ける柵を乗り越えたところで振り返り、『なんともないよ』と手を振った。
「来て!」
アシュラムも走っていって、思いきって柵を乗り越えた。
下の土は庭の芝生や砂地よりもやわらかく、独特の匂いがあった。日が傾きかけて間もないのに、生い茂った木の葉が青空をふさいでしまい、森の中はうす暗い。けたたましい鳥の鳴き声が、いつもより近く、あっちこっちから聞こえてくる。
「やめようよ。帰ろうよ」
そう言ってなかなか柵のそばから離れようとしないアシュラムを尻目に、マヤは茂みのむこうへどんどん分け入ってしまう。
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