7章 業火 (2/3) ~ 棺桶みたいな家

 

 

気がつくと、アシュラムはベッドの上にいた。

まわりを見ようと、起きあがって首をまわすと、鈍い痛みを感じた。なかに追い詰められたように、心臓が早鐘を打っている。

でも、そこはもう戦場ではなかった。明るい日射しの差しこむ小屋の中にいる。白い肌の見知らぬ老人が揺り椅子に腰かけ、パイプの煙をくゆらせながら、窓の外を見ている。子供が遊んでいるような笑い声が聞こえてくる。外ではララとカラスが泥玉を投げあって遊んでいた。そのむこうは森だ。

なんで彼らと一緒にいるんだっけ?

一瞬そう思って、すぐに自分の置かれている状況を思い出した。だれかが服を取りかえてくれたらしく、見覚えのない綿のシャツを着ている。さっきから鈍痛を感じている首のあたりを恐る恐るさすってみたが、傷はなかった。

「おお、目が覚めたか!」

老人がアシュラムに気づいて言った。

「首が痛むんなら、どっか筋違えたりしてるんだろう。骨が折れたりはしとらんよ」

老人の言葉は南部なまりのあるトゥミス語だった。どうやらマヌ王国の領内からは出られたようだ。老人はゆっくりとパイプをひと吸いすると、たっぷりたくわえた灰色のヒゲを、節くれだった太い指でなでつけた。

「あなたは一体? ここはどこです?」

「わしは単なる老いぼれの世捨て人だ。今までの貯えで残り短い余生を静かに過ごしとる。近頃どんどん世の中が悪くなるからな。わしが若い頃はこんなんじゃなかった」

いきなり年寄りの決まり文句を言われて、アシュラムは「はあ……」と、あいまいな相づちを打った。

「──そして、この小屋はわしの棺桶だ」

と、老人はいまいましげに言った。かなり気難しそうな人だ。アシュラムは、困ったなという顔をして、「そうですか」と返事をした。老人はまた目を細めてパイプを吸い、もくもくと煙を吐き出した。相手の答えに満足したようには見えなかったが、それはもうどうしようもないことだ。

「私がここに来てからだれか来ませんでしたか? それに、私はいつからここに? どうやって──」

「だれも来んよ、物売りのトッポ以外は。いろいろ買い出しをさせてるんだが、ここ一年奴以外とは話しとらんかった。でも、あいつときたら暇潰しにもならんよ。親父はもっと頭のキレる奴だったのに、息子はてんでだめだ。昔はよかった……」

長いことまともに人と話していなくて言いたいことが溜まっているのか、老人は堰を切ったように早口で愚痴った。話が脱線したことに自分でも気づいて、一呼吸置いてから話をもとに戻した。

「昨日の晩、眠ってたら──といっても近頃は眠りが浅いんだがね──ドアをドンドン叩く音で起こされた。トッポかと思ったから『それ以上やったらブッ殺すぞ!』って怒鳴ったら、家の外で知らねえ男が『死んじまう! 死んじまう!』って大騒ぎしてやがる。チタニアなまりだからろくな奴じゃねえと思ったんだが、無視するわけにもいかねえんで、斧引っぱり出してきて、構えながらドアを開けた。そしたら案の定ヤバそうな男が立ってて、手に血まみれの女の子を抱いてた。心臓が止まるかと思ったよ。野郎は『頼む』としか言わないで女の子を押しつけて、また森の中に走っていった。そんときはそいつがやったんかと思ったが、しばらくしてあんた担いで戻ってきて、どうやら賊に襲われたらしいってわかって、あんたの手当てもしたわけだ」

賊に襲われたことになってるのか。ララは今外ではしゃぎまわってるから、大した怪我ではなかったんだろう。

アシュラムは礼を言おうとして口を開きかけたが、老人がまた不愉快そうにつづけた。話はまだ終わっていなかったのだ。

「まったく近頃の若い奴は、ものの頼み方もわかっとらん。こんなことを面とむかって言うのも気が引けるが、あんたの連れとは話にならんよ。育ちが悪さがにじみ出てる。その点、おまえさんとはまともに話ができそうだ」

とても気が引けているようには見えない。

礼を言うタイミングを失ってしまい、また「はあ……」と生返事をした。

老人は窓を開けて、外にむかって声を張りあげた。

「アシュラムが起きたぞー!」
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