とりあえず店で旅に必要な雑多な日用品と馬を買ってしまうと、馬たちを引き連れて、農婦たちの言っていた宿にむかった。
宿は村のはずれのほうにあり、二階の窓の奥で例の娼婦がうろうろ動きまわっているのが見えた。中に入ってカウンターのベルを鳴らすと、腰の曲がった老婆が出てきた。
「いらっしゃい」
と老婆は笑顔で客を出迎えた。
カラスが部屋を取ろうとすると、あいにく客が多いのか、
「あんたとそこのお嬢ちゃんだけなら泊れるよ」と言われてしまった。
「部屋が空いてないの? 二人部屋でも平気だよ。三人で泊まるから」
ララはなんの疑いもなく申し出た。すると老婆は信じられないようなことを平然と言ってのけた。
「部屋はあるけど、うちは黒い肌の客はお断りしてるんだよ。先代の決めた決まりでね」
ララは後ろの入り口あたりに立っていたアシュラムのほうを振り返った。黒なんて言われるほど黒い肌はしていない。少し色素が濃いだけだ。こんなことを言われているのに、アシュラムの表情は変わらなかった。
「馬と一緒に納屋に入れとくといい。そっちなら泊めても構わないよ」
老婆はそれでもララたちに気を利かしているつもりのようだった。悪びれる様子は皆無で、白い肌の二人をもてなす態度に変わりはない。
アシュラムはなにも言わずに外に出ようとしていた。
カラスはカウンターを壊しそうな勢いで蹴飛ばした。
「ざけんな、ババア!」
ものすごい剣幕でそう怒鳴ると、怯える老婆の胸ぐらをつかんで、もう片方の手を振り上げた。アシュラムが後ろからカラスを取り押さえ、止めに入った。
「やめろって! 死ぬかもしれないぞ」
「構わねえよ、後悔させてやる。年寄りだからって、甘く見てもらえると思うなよ」
あまりの気迫に、横にいるララまで思わず立ちすくんでしまった。
「殴ったってどうにもならないだろう!?」
アシュラムがそう言うと、カラスはやっと老婆をつかむ手を放した。押さえつける力がゆるんだので、腕を振り解き。今度はアシュラムにまで食ってかかった。
「よく怒らないでいられるな」
「こういう扱いには慣れてる……」
「おまえみたいのがいるからつけあがるんだ」
アシュラムに止めてもらえて、老婆がよろけながら安堵の息を漏らしたのが気に食わず、カラスはカウンターの帳簿をまっ二つに引き裂いて投げつけた。老婆は後ずさって、「自警団を呼ぶよ!」と金切り声をあげた。
「往生際悪く墓穴から片足出してないで、早く死ね」
老婆はカラスの顔の傷と、アシュラムが腰にさげている刀を見て、逃げだした。
カラスはカウンターの奥の引き出しから銀貨をひとつかみして、自分のものにした。
「それって泥棒じゃない。他人の物盗むなって言ってたのに」
「これは慰謝料だ。どうせやましい金だろ?」
「罰金は裁判所が取り立てるんでしょ?」
「裁判にかかる手数料を払えればね。そんなことしたって弁護士の私服を肥やすだけさ。お上の作った法律は、金持ちや権力者に有利なようにできてる。貧乏人に人権はねえよ」
「でもアシュラムは、お金持ちで権力者なんでしょ?」
ララになんの悪気もなくズバリそう言われたので、アシュラムは苦笑した。カラスは黙ってしまった。
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