11章 デビルズ・マッシュルーム (2/3) ~ 悦楽の庭で

 

 

リュンケウスは十頭もの馬をつないだ大きな荷馬車にとっておきの新商品をのせ、トゥミス皇帝の待つ水の宮殿へとむかった。

宮殿は街を見下ろす小高い岩山の中腹にある。山を登る坂道は岩壁を切り崩して整然と舗装され、斜面にはオリーブの木が植わっている。眼下には、四角い形をした白い家々がひしめき、からりとした強い日差しを照り返して目もくらむほどだ。

宮殿に近づくにつれ、波にたゆたう水草のように奔放な一本の笛の調べが、かすかに聞こえてきた。

絡まりあうツタの形をした金色の門をくぐると、木漏れ日の降り注ぐ幻想的な庭園が広がっていた。

瑞々しい青葉のむこうに、コバルトブルーのタイル張りの宮殿があり、ドーム型の屋根がまぶしく輝いている。その壁面は精密な幾何学模様を描いたモザイクで覆いつくされ、まるで青い宝玉で作りこまれた貴婦人の宝石箱のようだ。

この宮殿は元老院とはまったく関係のない皇帝の私邸だった。庭も建物もそれほど大きくはないが、その分どこをとっても皇帝の趣向があますことなく詰めこまれている。

庭園内には山の傾斜を利用してつくられた噴水が無数にあり、大理石で彫られた魚の口や、人魚の乳房からほとばしる水しぶきが、いたるところで小さな虹を作っている。水は張り巡らされた水路を通って滝となり、中央にある睡蓮の池へと注ぎこむ。

池のほとりの大きな柳の木からさがったブランコに、妖精のような絹の羽をつけた目を疑うほど美しい少女が座っていた。それを揺らしているのは、頭に鹿の角をつけたこれもまた小さくて愛くるしい少年だ。この子供たちは、庭を飾るためにそこに置かれている、生きた彫像だった。ほかにも何人か、人魚やケンタウロスの仮装をさせられた小さな奴隷たちが、ただ主人の目を楽しませるためだけに庭を行き来していた。ブランコが揺れるたびに、妖精の子の背丈より長そうなふわりとしたスカートが、優雅に宙を舞う。

すべての光景が、浮き世の甘美さを高らかに謡いあげ、生きることの愉快さを、あらためて思い出させてくれるようである。

遠くから聞こえていた笛の音は近づき、甘く、まどろむように、来訪者の耳をくすぐっては、悦楽の庭に溶けこんでいった。

笛の主は、睡蓮の池の中に建つ石の東屋にいる。横笛をかまえて立ち、自分の世界に陶酔していたが、客が飛び石を渡って近づいてくるのは気づいたようだ。

「やあ、リュンケウス」

「ご機嫌うるわしゅう。皇帝陛下」

リュンケウスは洗練された身のこなしで宮廷風のあいさつをした。知らない者が見たら、だれも奴隷出身者だとは気づかなかっただろう。

「いつもながら素晴らしいお手前で。気をつけないと、音楽の神も陛下に嫉妬するでしょう」

若き皇帝はそれを聞くと、ふっと一笑し、

「それはないな。俺が音楽の神なのだから」と言った。

アフロディアス帝はしばしば髪の色を染め変えるが、今日はやわらかな巻き毛を、かなり奇抜な薄桃色に染めていた。横笛を持つ腕は、うっすらと青い血管が透けて見えるほど白く、華奢である。これほど光あふれる庭にいるのに、生まれてから一度も日に当たったことがないような肌色をしていた。

そんな見た目通り、彼の体は虚弱だ。日なたに何時間もいると、肌が赤くなって、火傷のような炎症を起こしてしまう。そのうえ骨折しやすい体質とかで、初代の軍人皇帝だった父親が剣の稽古をつけようとするたびに、死にそうな目にあって、親の期待を裏切りつづけた。
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