11章 デビルズ・マッシュルーム (3/3) ~ 白昼夢劇場

ダリウスには、マヌ王国での魔石の回収を依頼していた。

西側の人間が東側で画策するのは至難の業だ。肌の色だけでも目立ってしまって、下手な動きができない。なので怪しまれずに事を進めるために、すでにマヌ王国内にも活動拠点を持っているダリウスの協力が必要だった。もうクレハの誘拐に成功して、水の石と地の石は回収済みだ。そして緑色の風の石はもともと手中にある。あとは火の石さえあれば、すべての魔石がそろう。

「まだですが、持ち主はだれだかわかりました。チタニア人の魔法使いで、カラスという男とララという小娘です。どういういきさつなのか、二人は一度ヴァータナ宮殿の牢獄に入れられて、近衛隊長の手引きで脱走しています。すでにマヌ王国を出て、今もその隊長と一緒に逃亡中です」

「そいつのねらいはなんだろうな?」

「さあ……。むこうでは反逆者ということでイェルサーガも動き出したようです」

目標を取り逃がしてダリウスが萎縮する様子はない。

ダリウスとリュンケウスは主従関係にあるわけではなく、部屋の外には各々の護衛が、いつでも殺しあえる状態で立っていた。魔石一つずつに報酬を払う約束をしていたので、失敗しても、その分報酬が減るだけだ。

「クレハはもう連れてきたのか?」

「はい、申しつけどおり、今早馬でこちらにむかわせてる最中です。ですが、もうしばらく貸していただければ、また魔石を追うのに使えますが」

「帝国の領内に入っているのなら、私が直接手を下したほうが早い。君の部下には手を引くように言ってくれ。あとはこちらで片づける。ご苦労だった。手に入ってる石と子供を渡してもらったら、報酬を払う」

「わかりました」

ダリウスは事務的に返事をした。

 

 

その日の宵の口には、リュンケウスはいつも通り帰宅して、埋めこみ式の広い浴槽に浸かっていた。髪に白髪用の染髪料を塗り、香料の入ったぬるめの湯に入りながら、もの思いにふける。風呂に入りながら、その日の出来事を振り返り、明日の予定を考えるのが日課だった。計画通りに進まないことは予想していたが、また大幅に軌道修正しなければならない。

リュンケウスは浴槽からあがって、洗面台についた小さな真鍮の蛇口をひねった。

白髪染めを洗い流すついでに、前に据えつけられている鏡を見る。壁の後ろに湯の通った配管があるので鏡は曇っていない。間近から見ると、自分の顔にあるとは思わなかったシミができているのに気づく。数ヶ月前より、目のまわりのシワも深くなってるような気がした。

嫌な感じだ。

俺がもう五十になったって?

昔は五十男なんてずいぶん年寄りに見えたものだが、自分がそれと同じ歳になったなんて、考えてみても、全然実感が湧かない。

でも確かに、昔はこんな早い時間に家にいることはあまりなかった。近頃は、日付が変わるまで遊び歩いたりすると、翌日まで疲れをひきずるし、自分の息子よりも若い小娘の猫なで声も、耳に障ってしらけてしまうのだ。手のこんだ料理や、細工ものの家具、上等な服も、なかなかどうしても欲しいと思うほどのものとは出会わなくなった。遺跡から遺跡、戦地から戦地へ、商品と客があればいたるところに出向いて、仕事だけじゃなく、盛り場で遊びもした。だからもう、大抵のものは見つくしてしまったのかもしれない。興味がなくなったわけではないのだが……。

いくらいいものだって、毎日食ってたら飽きる。山のように積みあげられても、満腹になったらそれ以上食べられない。それでも愉快な宴の席から立ち去りたくないと思ったら、どうするのかというと──

食ったものを吐いてワインで口をすすぎ、悪臭を香水でごまかすのだ。

ふと、なんの脈絡もなく、劇場の前でわめいていた男のことが脳裏に蘇った。

『おまえらは全員、〝悪魔のペニス〟に犯されてる豚だ!』

すごいたとえだ。

リュンケウスは洗面台に首をつっこんで、白髪染めを洗い流しはじめた。

ちょうどそのとき、いきなり浴室のドアが開いて、アデリーナが入ってきた。
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