12章 おまけ (1/1) ~ オアシスの祭り

アシュラムが歌いだしたのは、マヌ語のバラード調の曲だった。ララにはなんと言っているのかわからなかったが、思わず聞き入ってしまうほど上手い。聞き慣れない言葉なのに、どこか郷愁を誘う歌声が、高い夜空に溶けこんでいく。

ララはシーツに顔をすりつけて目を閉じた。こうして寝てみると、ちゃんとした木のベッドよりも、よっぽどフワフワしていて寝心地がいい。それに沙漠の砂利とは違い、温かくていい匂いがする。

アシュラムは戦場にいたとき、仲間たちとかこむ酒の席で、よくこうして歌ったのだという。軍歌は嫌いなので、歌わないらしい。さっきのはどういう歌詞なのか訳して欲しいと言うと、なぜか恥ずかしがって教えてくれなかった。仕方なくカラスに聞くと、「拾い食いしたら下痢っちゃった、って歌ってる」と答えた。絶対に嘘だ。

それからカラスは心地よさそうにタバコをふかしながら言った。

「歌手になれるよ。顔もいいから役者むきだ。俳優に転職したら?」

「そんなことしたら、退屈すぎて人生が虚しくなっちゃうよ。マヌ王国の演劇は世界一つまらないんだ。百年前と同じ演目をいまだにやってる。ヴァータナじゃ、みんな寝るために芝居小屋に入る」

「じゃあトゥミスで役者になったら?」ララは言った。

「トゥミスで役者になるのは無理だよ。肌の色が違うから。マヌ王国で役者になるのも無理だ。役者には役者の子供がなる。座長の愛人になっても無理さ。瞳の色が違うから」

アシュラムは忘れかけていたことを思い出したようだった。ほんの少し、表情が陰る。

「ちょっと小便」

カラスはそう言って、危なっかしい足どりで屋上の端まで歩いていった。そこから下の路地にむかってするつもりなのだ。

「最悪。人来るよ」

「来ねえよ」

すると、アシュラムまで「俺も」と言って隣に並んだ。カラスは「恵みの雨だぁ」なんて変態みたいなことを叫んでる。ララはその後ろ姿を見ていたが、二人ともララが異性だということは、まったく意識していないようである。そのうち二人は「止めろ! 止めろ!」と騒ぎだした。建物の裏口から、いきなり人が出てきたらしい。

「聞こえた? 今の。『あれ、雨?』だって!」

カラスはヒーヒー引きつけを起こしながら言った。アシュラムは苦しそうに腹を抱えて、なにも答えられないくらい笑い転げている。

ララは不潔な下ネタで大ウケしいる男たちを見て、「バカみたい」とつぶいた。一人だけベッドの上に取り残され、つまらなそうに背をむける。笑い声が止んだあと、アシュラムが背後から忍びよってきて、寝転がっていたララをいきなり干し草の中に埋めた。そして暴走しているアシュラムの上に、カラスが一人分のベッドをのせて生き埋めにし、あとは三人で干し草のかけあいになった。

飽きるまでやりあうと、今度は急に静かになった。荒い息を鎮めるために、草に埋もれて横になる。ベッドはもうただの干し草の山と化していた。

「不思議だ」

アシュラムがポツリとつぶやいた。

「なにが?」と首を傾けてカラスが聞く。

「こんなに楽しい気分はひさしぶりだ」

アシュラムは笑いすぎて少し疲れているようだった。ヴァータナ宮殿で初めて会ったときとは違い、だらしなくて隙だらけのように見える。

「最近会ったばっかりなのに、こうしてると、なんだかずっと前から一緒にいたみたいだね」

ララが正直な気持ちを言うと、アシュラムもうなずいた。

それを聞いていたカラスが、こんな提案をした。

「一度ティミトラのところに行ったら、また三人で旅をつづけない? 俺はずっと一人旅で慣れてるけど、だれかと一緒に旅するのもいいもんだな」
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