14 別離
頬を軽く突っつかれて、ララは目を覚ました。自分でも気づかないうちに眠ってしまっていたのだ。
「くすぐったいよぉ……」
まどろみながら、にやけて砂の上で寝返りをうつ。
口の中がざらざらする。急に不快になって目を開けると、鼻先に猫が座っていた。肉球でネコパンチされている。
「うわっ!」
ララは飛び起き、つばと一緒に口の中に入っていた砂を吐き出した。
猫は少し離れると、小屋の主人のようにどかっと寝転び、大あくびをした。
体に巻いてる帆以外に、上からもう一枚かけられている。カラスがしていたユニコーンのペンダントが首にかかっていた。でも肝心のカラスがいない。
外からは日が射している。夜が明けてしまったどころか、昼の日差しだ。アシュラムたちは夜明けとともに、マヌにむけて船で出発すると言っていたのに……。
猫の手前の砂地に、文字が書かれているのが目に入った。字が下手すぎて、読むのに手間取った。
『ララ ママ いる。俺 アシュラム 船 行く。安心。ララ 好き。お元気ですか?』
「なにこれ?」
意訳すると、『ララはママと一緒にいろ。俺はアシュラムと船に乗って行くけど、心配するな』ということだろうか? 最後の『ララ 好き。お元気ですか?』は『おまえが好きだ。元気でな』と言いたかったのかもしれない。
ララはすっかり乾ききった服に急いで袖を通し、小屋から飛びだした。
まぶしく照りつける太陽が高い位置にあり、雲一つない青空に、海鳥が飛んでいる。昨日黒かった海は紺碧に変わり、目もくらむような白い砂浜に、澄んだ波がよせ返している。
桟橋では、海鳥と一緒に老人が釣り糸を垂れていたが、カラスの姿は見当たらなかった。
ララは母親の家まで走った。狭い石段を一気に駆けあがり、息を切らして玄関までたどり着く。窓の木戸は閉まったままだったが、ドアに鍵はかかっていなかった。
テーブルの上に『ララへ』と書かれた封筒と巾着が置いてある。封筒の中には手紙と、黒ずんだ鉄の鍵が入っていた。
『 ママは大事な用があって、またトゥミスに行ってくるよ。帰ったら一緒に暮らそうと思ってたけど、やっぱりララの好きにしていい。今まで寂しい思いさせてごめんね。会いに来てくれて嬉しかった。
家の鍵は封筒の中に入ってるけど、ここは危なくなるかもしれないから宿に泊まって。無茶はしないで、困ったら魔の森に帰って。
もし嫌な思いをしたら、我慢なんてしないで、あなたを大切にしない人のことなんて忘れて。どこでだれといても、自分を一番大切にしてね。
ママより』
巾着の中には、銀貨が入っていた。数えると、全部で10万シグ。
ララは、悪い夢でも見ているような気分で家中探しまわったが、だれもいなくなっていた。ママもカラスもアシュラムも、不気味なイスタファも、全員どこかへ行ってしまっていた。
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