14章 別離 (1/3) ~ 花の都へ

「また母親に置いてかれたのかな?」

「まったく、しょーもねえ女だな」

フェズとマスターが声をひそめて話しあっているのが聞こえる。

「しょーもなくなんかない!」

ララは声を大にして一気に立ちあがった。今にも二人を焼き殺しそうな形相でにらみつける。

「あ……、違うんならいいんだけど」フェズは苦笑いしたあと、「もしかしたら、昨日の男二人と逃げたんじゃねえかと思って」と言った。

「二人ともそんなんじゃないよ。それより、ここからマヌ行きの船って出てないの?」

「マヌ行きの船? トゥミスからじゃなきゃ出てないよ」マスターが答えた。

「トゥミスからなら出てるの?」

「出てるけど、だれか乗るのか?」

「昨日の二人は船でマヌに行ったはずなの。それなら、トゥミス港に行ってから、マヌ行きの船に乗ったってことかな?」

「まあ、船で行く気ならあそこしかないけど」

早朝出発するって言ってたのは、早朝に出航するって意味じゃなくて、早朝にトゥミス港にむけて出発するという意味だったのかもしれない。そうだとしたら、まだ船は出ていない可能性もある。

「トゥミスまでどうやったら行ける?」

「一応、駅馬車があるよ。坂をずうっと上まで登りきったところに駅がある」

「ありがとっ」

ララが急いで走り去ろうとすると、後ろでフェズが席を立って呼び止めた。

「おい、ちょっと待て」

「なに?」

「馬車は一日に二本しか出ねえ。急いでんなら、ヨットに乗せてってやるよ」

「ありがとう」

思わぬ申し出に驚きつつ、今度は笑顔でちゃんと礼を言った。

フェズは送って行くついでに、トゥミスの干物屋に届けるつもりでいたするめも運んだ。びっしりするめの入った木箱が五箱、細長い船に積みこまれた。カヌーの両脇に小さな舟形の浮きをつけたアメンボのような形をした船だ。船本体よりもずっと大きな帆は、つぎはぎだらけで場所によって黄ばみ具合が違うので、モザイクのような独特の色合いになっている。

ヨットは風を受けて、サファイヤのように青い海面を滑るように進んだ。フェズは揺れる船の上でずっと立ちっぱなしだ。バランスを崩してよろめいたりはしない。風を読みながら行く方向を見て、馬の手綱をとるように縄で帆のむきを調整している。麦わら帽子の下で青い目を細めると、長年潮風にさらされた目尻にしわがよった。

船を操縦しながら、フェズは詮索好きなおばさんみたいに、いろんなことを根掘り葉掘り聞きたがった。ララの父親のことや、母親がザレスバーグに来る前はなにをやっていたのか、昨日の男たちとはどういう関係なのか、今朝になってなんで全員姿を消したのか?

ララは、なにも知らなくて答えようがない父親のこと以外、どの質問にも正直に答えなかった。ちょっとでも説明しはじめたら、好奇心むきだしのフェズに、なにもかも一切合切話すはめになり、言いふらされそうな気がしたからだ。

「なあ、ぜってえだれにも言わないから教えてよ。アデリーナは、踊り子以外にも副業やってんのか? その、夜のほうの仕事をさ。えれえ金まわりがいいみてえだけど、どんなパトロンがついてんだ?」

「知らない」

ララはもらったするめをかじりながら、ぶっきらぼうに答えた。

いくつかの岬を越えると、崖にかこまれた広くなだらかな斜面に白い都市が見えた。
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