14章 別離 (1/3) ~ 花の都へ

「あれがトゥミス?」

「ああ、そうだよ。……それでさっきの話だけど、ララちゃんはミグレスの安宿で産まれたの? 産婆なしで?」

「うん。急でまわりにだれもいなかったから、ママが自分でへその緒切ったんだって。私小さい赤ちゃんだったから、すぐ産まれたみたい」

華の都は陽光を反射して輝き、目に染みるくらいだった。白壁の高い建物に混じって、青いモザイクの丸屋根が輝き、街の背後にはこんもりとした岩山がそびえている。海上には、様々な土地の紋章を掲げた商船や、大砲を備えた軍艦が行き交っている。長い海岸は立派な港になっていて、港と街は頑強な城壁に隔てられ、その両端は切り立った崖へとつづいていた。距離が縮まってくると、海にむけられたいくつもの砲台や銃眼があるのがわかる。銃を持った兵士が、城壁の上で見張りについているのが小さく見えた。海側から見ると、まさにトゥミスは巨大な要塞だった。

遠くの崖の上に、黒鉛の城のようなものが見える。

「あれなに?」

ララは指さした。

「あれが有名なプリモス古城さ。それにしても、一人で産んで臍の緒切るなんて、すさまじい話だな。どおりで図太いわけだよ。うちの女房が産んだときは──」

「有名なの?」

「有名な芝居の舞台になってる。聞いたことない?」

「ずっと森に住んでたから、そういうの全然知らないの。一度だけ旅まわりの芝居小屋に連れてってもらって、『ルーナ』ってお芝居なら観たことある」

「どんなの?」

「ルーナって名前のお姫様と近衛兵が身分違いの恋をするんだけど、まわりから引き裂かれて最後には二人とも自殺しちゃうって話。おばあちゃんはおもしろいって言ってたけど、すごいつまんなかった。終わり方が納得いかないの。邪魔する人なんてやっつけちゃえばいいのに」

理不尽な結末を思い出してララは白熱した。

「ならず者じゃねえんだから、そういうわけにもいかねえんだろ。俺もそういう辛気くせえ話は嫌いだね」

「そういえば、おばあちゃんから薦められた本もつまんなかった。難しすぎて、読んでて頭痛くなっちゃうの。でも、本当は当たり前のことわざとわかりづらく書いてるだけなの。なんでなんだろ?」

ララの言い分を聞いてフェズは笑った。

「知識人って奴はそういうのを読んで優越感に浸るのさ。でも、プリモス古城が出てくる話は簡単だよ。キルクークっていうマヌ人の変態科学者が、あの古城を乗っ取ってトゥミスの住人に悪さするんだ。それを正義の味方が成敗する。荒っぽいのが好きならおすすめだね。怪物をバッサバッサ斬り倒して血糊が飛びまくるし、炎や雷の仕掛けもある。しかも実際にあった話なんだ。俺がガキのころは、あの古城は本当に怖ぇ場所だったんだぜ? 悪魔が住んでるとか言われてよ。今じゃそんなものいねえただの遺跡だってわかったし、トゥミス人のものになってるけどな」

キルクークのことを聞いて、ララはエンゾの宿にいた老婆がアシュラムにした仕打ちを思い出した。

「もしかして、マヌ人が嫌われ者なのは、キルクークのせいなのかな?」

「そればっかじゃないさ。今は立場が弱いから被害者面してるけど、あいつらはあいつらで、マヌ教徒以外は人間じゃねえって思ってんだ。大昔は、マヌ王国が世界一栄えた国で、トゥミスはマヌ王の歯牙にもかからないド田舎の小国だった。それが今じゃ逆転して、トゥミスが世界の中心だ。楽園なんて呼ばれたヴァータナは、見る影もないくらい廃れたって聞いてる。内戦ばっかやってるから、自業自得さ」

ヴァータナの路地にいた浮浪者の群れのことを思い出す。あそこは今でも大都市だし、人が多くてにぎわいもあるが、言われてみれば廃れているというのもわかるような気がする。思えば、街全体がなんとなく老朽化して小汚かった。国の中枢である宮殿で爆破事件が起こるのだって、衰退している証拠なのかもしれない。

フェズの口調はそれほど憎々しげでもなかったが、やはりマヌ人に対して好感は持っていないようだった。

ララはアシュラムのことを言われているようで嫌な気分になった。

「マヌ人でもいい人はいるよ」

「そりゃそうだろうけど。さっきのはマヌ人一般の話さ。でも、ララちゃんの連れの混血の奴は、俺と目すらあわそうとしなかったぜ」

全然気づかなかったけど、そうだったんだろうか?
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