14章 別離 (2/3) ~ 怪しい取引

道行く人は家路を急ぐというより、これからどこかに遊びに行くようだった。貴婦人が買い物した荷物を奴隷に持たせ、自分は毛玉のような仔犬を抱えて歩いている。汚れた作業着を着てこれから酒場に直行しそうな船乗りたち。店の前に馬車を停め、くたびれ顔で主人を待つ御者。夜遅くまで働く商人。日が暮れてからしか看板を出さない店もある。

だが武器屋はどこも日暮れとともに店じまいしてしまって、結局一軒しか入れなかった。店に置いてあるのは剣や弓矢といった古典的な武器で、ほとんどは金銀で細工された棒切れのように細い飾り剣だ。銃やプリモス兵器は売られていなかった。それらを持てるのは軍関係者だけと法律で決まっていて、それ以外の市民が売り買いすることは許されていないので、店頭には並ばないらしい。

そこでママの情報は得られなかった。

こんなことなら武器商人の名前まで聞いておくんだった。聞いたところで教えてくれなさそうだったけど。

一日中歩いていたせいで足が重い。

残りの5万シグを使わないために、今夜は野宿することにした。服も体も汚れたままだし、磯臭いと言われても、今は風呂に入るためにお金を使う余裕はない。船に乗るためには、1シグたりとも使うわけにはいかないのだ。顔と手足ぐらいなら広場の噴水で洗えるし、食べ物はするめでなんとかなる。それもママが見つかるまでの辛抱だ。

町中で野宿をしたことはないが、屋根もベッドもないところで眠るのは慣れている。

ララは混みあった通りを離れて、静かな裏路地の石畳の上に横になった。硬い石の上でも、疲れていたので、あっという間に眠りに落ちた。

しばらく、ぐっすり寝入っていると、だれかに声をかけられてハッと目を覚ました。

「お嬢ちゃん。お金持ってるかい?」

知らない男がのぞきこんでいる。だいぶ夜がふけたのか、表通りにさっきの人通りはなく、周囲は静まり返っている。

「持ってんなら出しな」

暗くてよく見えないが、男の歯がボロボロに抜け落ち、骸骨のように痩せこけているのはわかった。手の辺りでなにかがきらっと光った。ナイフだ!

背筋がひやりとする。

「お金なんて持ってない」

ララは相手に恐怖心を見せないよう、できるだけ堂々と嘘をついた。

「お腹空いてるなら食べるものあげる」

脇に置いていた紙袋から、するめを一枚取って差しだした。男はそのするめをはね除けてしまった。

「いらねえよっ。俺が欲しいのは金だ! 小銭でもいい……金をくれ……」

ララは男のナイフを持つ手が小刻みに震えているのに気づいた。

「怖いの?」

「怖かねえ」

「手が震えてるけど」

「ヤクをやれば治る。すぐに地獄から天国さ」

「ヤクって薬のこと? 病気なの?」

ララは哀れみの眼差しをむけた。男の荒れた唇に、うっすら気がふれたような笑みが浮かぶ。

「そうだな。病気かもしんねえな……」

『かもしれない』って、自分でわかってないんだろうか?

「畜生。金がねえなら──」

男はララの上にのしかかって服に手をかけはじめた。揉みあったせいで、ポケットに入れていた革袋がかすれた金属音をたてた。

男は5万シグの入った革袋を探り当て、引っ張り出した。

「なんだ、たくさん持ってんじゃねえか」

「返して。そのお金は使っちゃいけないお金なの」

ナイフをララのほうにむけたまま、男は後ずさった。

「どうしても必要なの。お願い。それがないと私の友達が死ぬかもしれないの」

だが男は背をむけて、革袋を持ったまま走って逃げだした。

ララは男の背にむかって呪文を唱えた。

「フィアラ!」

路地裏から出る前に男の背中が燃えあがった。悲鳴をあげてのたうつ男に近より、革袋を奪い返す。炎は瞬く間に全身に燃え広がり、男は火だるまになって苦しんでいた。

「助けてえ!」

でもララは火をつける魔法は知っていても、消す魔法は知らない。水をかければ消せるだろうが、間にあうとは思えない。表通りから人が来そうな気配がする。男は焼けただれながら断末魔の悲鳴をあげている。

ララは怖くなってその場から全速力で逃げだした。
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