15章 ホタル草 パート2 (1/8) ~ お化け屋敷と小さな鳥

それ以来、十年以上一度も足を運ばなかった。母が亡くなったとき、親戚が遺品を全部整理してしまったので、てっきりそのとき家も売り飛ばしてしまったのだろうと思っていた。軍に入って給料をもらうようになったとき、この家の税金を払うように言われ、それではじめて家がまだ自分のものとして残っていることを知ったのだ。

だが残っているとはいえ、戦地から引きあげて、ひさしぶりに来てみたら、こんな有様だ。形見として持っているが、使うのはあきらめた。それに一人暮らしには、この家は大きすぎる。

その頃には、宮殿の近くの寮に住んでいた。仕事が忙しくて家には寝に帰るだけだったし、執務室に泊まってしまうことも度々あったので、それで充分だった。寮には雑用夫もいて、炊事洗濯に煩わされることもない。あばら屋があるのは郊外だったし、わざわざ修繕してそこに住むより、借りた部屋のほうがなにかと便利だった。

マヤにそう話すと、せっかく立派な家があるのにもったいないと言われた。もし住めるようになったら住むか、と聞かれたので、あまりその気はなかったが、そうなれば、と答えた。

するとマヤは身を乗り出して、

『なら私に見せてくれない? 私、セシリオンでは建築の勉強もしてたの。できそうなところがあったら直してあげる』と言った。

そんなわけで、家がどれだけ荒れてるのか見たいというので、休日に連れてきたのだ。

セシリオンというのは、マヌ国内の数少ない貿易港にあり、マヌで唯一トゥミス人の講師がいるというので有名な学園の名だ。西側の世界の優れた文化を学べるめずらしい学校で、哲学、文学、数学、科学、医学──様々な学問を扱っている。

マヤは最近までそこで学んでいた。専攻は美術だ。セシリオンではマヌの伝統的な画法だけではなく、トゥミスの最先端の芸術や、他民族の美術についても学べるらしい。

マヤの両親は、娘がセシリオンに入るのには大反対だった。トゥミス人の学園なんて聞いただけで虫酸が走ったようだ。嫁入り前の娘が親もとを離れるべきではないと考えていたし、王候補の姉なら反政府主義者にねらわれる危険もある。そんなに絵を描きたいなら、地元の職人の工房に弟子入りしろとまわりは勧めたが、マヤはどうしてもセシリオンに入りたがった。工房に弟子入りした翌日、こつ然と姿を消し、その後しばらく行方不明になっていた。両親のもとに手紙が届いた頃には、素性を隠して勝手にセシリオンに入学したあとだった。それから六年間も、ほとんど音信不通だった。

それがこの日から一ヶ月ほど前、ふらりとヴァータナにやってきて、こっちでは宮殿を宿がわりにしていた。リュージュはそんな姉のことを、手のつけられない道楽者だと言っていた。でも、アシュラムはそうは思わない。マヤにとって絵画はただの道楽ではない、とわかっていたからだ。

彼女は自分の才能を磨くことに、少し熱心になりすぎているだけなのだと思う。

マヤとは十三年ぶりに再会し、そんな長い月日など感じさせないほど、すぐに打ち解けた。

アシュラムは荒れ果てた我が家から、マヤのほうに視線を移し、

「嫌になっただろう?」

どうだ参ったか、とからかうような口調で言った。

マヤはアシュラムより少し濃い褐色の肌に浮かんだ汗を、首からかけた手拭いで拭った。その横顔はすでに、白いキャンバスの前に立つ画家の表情だ。豊かな黒いカーリーヘアが暑苦しくないよう、いつも真鍮の髪留めでざっくりと持ちあげ、耳にはお気に入りの紅珊瑚のピアスが揺れていた。

「屋根瓦はともかく、家の傾きは大工に頼まないとダメね。中はどうなってるの?」

扉にかかった錠前を開けて中に入った。空気が湿っぽく、カビ臭さが鼻につく。入り口に敷かれたカーペットはぼろぼろで、どこから入ってきたのか枯れ葉などが散らばっていた。窓の木戸は全部閉まり、隙間から漏れてくる明かりだけだったので暗い。歩くたびに床がきしんだ。

「本当になにか出そう。今度、私たちも夜中に肝試ししない?」

マヤはおもしろがって、軽い足取りでお化け屋敷を探索した。

「俺は自分の家だから全然怖くないよ。親の幽霊ならかえって会いたいくらいだ」

アシュラムは部屋に行き当たると、木戸を全部開けた。舞いあがったほこりが、陽光に反射して金色にきらめく。それでようやく中の様子がわかった。
次のページ