15章 ホタル草 パート2 (3/8) ~ 二人は姉と弟?

 

 

家の修繕をするのは楽しい。やればやった分家が綺麗になり、達成感がある。木材は切った通りの形になるし、塗料は塗った通りの色になる。種をまけばその種の花が咲く。そうやって完成したものを見て、出来映えに惚れ惚れするのもいい。自分たちが戦場や宮殿でやっていることとはえらい違いだ。やればやるほど壊れた物と人が積み重なり、片づけなければならない問題は、際限なく湧いてくる。期待してまいた種が、芽を出すとは限らない。とにかく、最善をつくすほど無限にやることが増えるのである。熱心なら熱心なほど、完璧からは遠退いていく。その点、住宅には完成図というものがある。

家は着々と完成に近づいていた。家の中の荷物を整理し、傷んだカーテンやマットを取り替え、使える家具はよく磨いた。最初は家の中の雰囲気をあまり変えないつもりでいたが、やっているうちに勢いづいてきて、大幅に変えることにした。センスのいいマヤにカーテンやマットを選んでもらって、前よりも洒落た内装にした。マヤは新しい観葉植物やビーズののれんを部屋に飾り、ベッドには簡素だが涼しげな薄い木綿の天蓋をつけた。ベッドに掛ける布もそれにあわせて選んだ。

その頃には、借りていた部屋を解約して、郊外の家のほうに移り住んでいた。マヤのおかげで自分の家とは思えないくらい素敵に整えられた部屋の中にいると、前の荒れ果てた家や、雑然として色気のない寮の部屋にいるよりも、ずっと居心地がいいことがわかった。以前より宮殿から遠くなったが、体力作りのために走って通えば、それはそれでいいものだ。

部屋にねずみ取りを置き、花壇も作った。

もうここで肝試しはできない。

一年のうちで最も暑い酷暑期もようやく後半へとさしかかろうとしていたある日、マヤは居間の広い板壁に壁画を描きたいと言った。アシュラムは喜んで承諾した。

彼女のアトリエでは絵のモデルをしたことがある。その絵は抽象的で、物は現実とは異なる幻想的な色の洪水で描かれていた。輪郭もあいまいで、作品によってはなにを描いてあるのか判別できないものもある。昔は写実的な絵を描いていたが、何度か作風を変え、そのような表現に行き着いたらしい。セシリオンではその作風に変えた途端酷評された。奇抜すぎたのだ。

けれどアシュラムはマヤの描く絵が気に入った。マヤの作り出す色彩は、理屈抜きに美しい。なにを描いているのかはわからなくても、不思議とそのときどんな気分で描いていたのかわかってしまうところもいい。笑っている絵、泣いている絵、怒っている絵──アシュラムはだれよりも正確に、絵からマヤの心情を読み取ることができた。バナナ一本描いただけの絵でも、伝わってしまうのだ。

壁画が完成すれば、もう家の中で直すところはない。

「完成したら、友達を呼んでパーティーとかしたら?」とマヤが言った。

「呼ぶような人はいないよ」

「近衛隊の人たちは?」

「仕事仲間を家に呼ぶ習慣はない」

「ふーん……。意外」

戦場にいたときは、腹を割って話せるような友人も何人かはいた。そんな仲間となら、一緒に飲んで騒いでパーティーでもやったら盛りあがるだろう。でも気のおけない仲間の大半は戦死してしまったし、残りはまだ遠く離れた南マヌのジャングルで任務についている。いつ戦死の知らせが届いてもおかしくない。それに比べて、ヴァータナでは知りあいが戦死する心配はまずない。が、宮殿にいると、どうしても相手との腹の探りあいになってしまって、戦地にいたときのようなつきあい方ができなかった。

近衛隊長になってから、顔も知らない親戚から祭日の贈り物が届く。結婚式に呼ばれたり、『今度息子が宮殿に勤めることになったからよろしく』なんて手紙が届く。『訪問したい』という手紙もあって、忙しいと理由をつけては全部断ってきた。おこぼれに預かろうという魂胆が見え見えの厚かましい連中だ。それまで母のことを一族の恥と言っていた祖父母ですら、俺のことを一族の誇りだなんて手紙に書いてよこす。こっちは関わりたくないから住所を教えていないのに、わざわざ調べたのだ。

「パーティーなら二人でやろうよ」マヤと二人きりのほうがなごむ。

彼女は「うん!」とうなずいて、嬉しそうに笑った。
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