15章 ホタル草 パート2 (7/8) ~ 回顧展

 

 

葬式が終わったあと、宴の席を抜け出して、マヤがアトリエで最期まで描いていたという絵を見にいった。

アトリエには建物の二階全部を使っていて、仕切りの壁を全部取っ払っているので一部屋しかない。倉庫のようにがらんとした広い空間に、個展のようにたくさんの絵が飾られている。

以前来たときと様子が違っていた。前は絵をこんな風に額に入れて並べてはいなかった。気分で飾っている二三枚以外は、そのまま重ねて収納されていた。部屋自体いかにも作業場という感じで、汚れていろいろなものが散らかっていたが、今は壁や床についていた絵の具は綺麗に落とされ、画材もなければ、画家の生活に必要な雑貨もない。デッサン用のスケッチブックすらない。あるのは完成した絵だけ。ほかは生きているうちに全部処分してしまったようだった。

マヤは死ぬ間際に、アトリエを展覧会場に改装したのだ。

鍵を開けてくれた管理人は、彼女がどの梁に縄をかけて首を吊り、どれが遺作なのか教えてくれた。最期の作品は、一番目立つところにある、一番大きな絵だ。

だが、アシュラムは管理人に言われるよりも先にそれに気づいていた。その絵が、家にあるホタル草の花畑の壁画とそっくりだったからだ。唯一大きく違っているのは、完成した絵には人物が描き加えられているということだ。

画面の右寄りに、カーリーヘアーの少女が一人、寂しげにたたずんでこちらを振り返っている。だれかを待っているところなのか、別れを告げようとしているところなのか、どちらともとれてわからない。でも、強烈な〝寂しさ〟は伝わってくる。

アシュラムは絵の前で泣き崩れた。

この絵の中に行ってやりたい! 今すぐに……!

「出ていくときは声をかけてください。鍵を閉めますから」

管理人は気を利かせて出ていった。

 

 

故人の意向を踏まえて、作品はアトリエで一ヶ月間、公開されることになった。展示する形で絵を遺したのだから、人目に触れさせることがたぶん彼女の望んでいたことだ。

初の個展は、画家本人のいわくつきの死という宣伝のおかげで、大盛況のうちに終わった。

その後、一枚を形見の品としてネブラルタスに送った。マヤの妊娠の噂はどこかから漏れてヴァータナ中に知られてしまったので、彼の耳にも入っているはずだが、彼からは元婚約者の死を悼む短い手紙が送られてきただけだった。

残りの絵はマヤの両親が引き取った。花畑の絵は今、子供の頃住んでいた屋敷に飾られている。昔、俺とマヤとリュージュが幸せに暮らしていた、あの広い庭のある屋敷だ。

 

 

アシュラムは、自宅にある未完成の壁画にかけた布をはがした。マヤが泊まっていった日につけた黒いシミが、そのまんま残っている。

使っている絨毯も、ソファーも、壁の色さえも、なにもかも彼女が選んだものだ。少し前までは、家の中は死んだ両親の残していった物でいっぱいだったが、今は死んだマヤの残していった物であふれかえっている。

ある夜、狂いそうな頭の中でふと思いたった。

──そうだ。マヤは死んだんだから、約束通り目をもらいに行こう。
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