15章 ホタル草 パート2 (8/8) ~ 死人の足音

 

 

マヤが死んでからも、アシュラムはなに食わぬ顔で自分の職務をつづけた。精神的にはかなりまいっていたが、できたばかりの監査部のことなどで忙しい今、自分が休んでいるといろいろなことで滞りが出て、まわりにも迷惑がかかる。はじめは無理して仕事に打ちこんでいたが、そのうちつねに仕事のことで頭をいっぱいにしていないと、気が休まらないようになった。そうやって集中しているあいだだけは、それ以外のことを考えずに済んだからだ。

各地に送った監査部員は、一向にヒカリ草の花畑を見つけてこない。が、ついでと思われた財政調査では多大な成果をあげ、何十人もの汚職官吏を摘発した。部員に選んだのは今の体制に不満を持ち、やる気だけはあっても権限をあたえられていなかった下級官吏ばかりだ。その多くが、徐々にアシュラムのことを崇拝するようになっていった。

ある日、執務室の前の小さな中庭で、空いた時間に植木鉢を片手に土をいじっていると、通りかかったリュージュが話しかけてきた。彼は手に釣り竿を持っていて、これから宮殿の敷地内にある釣り堀にむかうところのようだった。釣り堀は昔から宮殿にあったわけではなく、釣り好きのリュージュがあとから造らせたものだ。

「なにか植えるのか?」

「逆です。しばらく水をやり忘れたら枯れてしまったので、捨ててるんです」

アシュラムはしゃがんで、鉢に残った土を掻き出した。

「おまえは花を枯らすのが得意だな」

と皮肉を言われた。そういえば、ここのところ身辺警護のほうは副隊長に任せきりで、彼とは個人的な会話はしていなかった。

「おとといから執務室に泊まりこんでると聞いた。女官たちは、おまえがそのうち倒れるんじゃないかと心配しているよ」

「これくらいで倒れていては、戦場では生き残れません」

アシュラムは冗談半分に答えた。

「ここは戦場ではない」

「同じようなものです」

手についた土を払い、空の鉢を持ち直して立ちあがった。

「そうかもしれないな」

リュージュはそう答え、

「死人も出た」と言った。

監査の結果処刑された官吏のことか、それとも……

「姉貴が実家を出てく前に言ったことを、今でもはっきり覚えている。『おまえさえ生まれてこなければ、私は自由だったのに……!』」

酷いことを言ったものだ。

「マヤが自殺したのは陛下のせいではありません」

「そうだ。私だけのせいではない」

それまで冷静だったリュージュの口調が途端に感情的になった。

「おまえが縁談を受けさせろと言った」

思いがけず責任をなすりつけられて、アシュラムは眉をひそめた。

「私は進言しただけで、強制はしていません」

「確かにそうだ。それがおまえらのやり方だ。姉貴が死んでまだ日が浅いのに、おまえはもう何事もなかったみたいじゃないか。それどころか、ますます精力的になった」

「いけませんか?」

思わず攻撃的な口調になった家臣に、リュージュは批難の眼差しをむけていた。それが答えだ。

「もう、うんざりだ。姉貴はセシリオンに行って頭のおかしな女になって帰ってきた。怪しいトゥミス人の入れ知恵で、才能もないのに芸術家気取り。さんざん文句を言って出てったくせに、都合の悪いときだけ泣きついてくる。個展だって、絵のわかる奴が何人来た? 恥知らずもいいところだ。戦場からは、謙虚だった友人が傲慢になって帰ってきた。会った早々、指揮官面で『クレハを殺して王になれ』と命令する。おかげでいとこは死んだも同然だ。懲りずに今度は姉貴まで犠牲にした」

怒りと失望で、彼はやつれて見えた。

今まで、マヤのことも俺のことも、ここまで露骨に言われたことはない。でも、腹の中ではずっとそう思っていたのだ。

クレハをあんな風にしたのは俺じゃない。疑惑をかけられそうになったが、本当になにもしていないのだ。

「私のまわりにいるのは、私のことを利用したがってる奴ばかり。どいつもこいつも、面の皮の厚い嘘つきばかりだ。私にすりよって思い通りに動かしたがってる。おまえもそうだ」

リュージュは一方的に言いきり、猜疑心に取りつかれた目で、幼なじみをにらんでいた。

「違います」

「違うものか」

「違います!」

アシュラムは主人の御前にひざまずいた。

「私は陛下の僕です」

マヌ王は頭を垂れる僕を無視して、背をむけた。

その姿が遠くまで離れていってしまうと、アシュラムは立ちあがって、植木鉢を地面に投げつけた。鉢が割れる音がして、視界の端でリュージュが振り返るのが見えたが、目をあわさないようにした。

違うのか、違わないのか、自分でもわからなくなってきた。
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