15章 ホタル草 パート2 (8/8) ~ 死人の足音

 

 

そこら中、火の海だ。

ヴァータナが燃えている。逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえる。漆黒の夜空から、火の雨が降り注ぐ。

立ちのぼる黒煙のむこうに、プリモスの翼が見えた。トゥミス軍の新兵器だ。そのまわりを、マヌ軍の始祖鳥がちょこまかと飛び交い、魔法で応戦している。よく見ると、プリモスの翼にはマチュルク軍の紋章が描かれていた。

テロリストとトゥミス軍が手を組んで、ヴァータナを攻めて来たのだ! いつかこうなるんじゃないかと思ってた。

アシュラムは味方の部隊が潜んでいる地下道まで走った。寺院の祭壇の裏に隠し階段がある。降りていくと、兵士たちが明かりも持たずに集まっていた。まっ暗闇の中、自分の持った松明だけが、十数人あまりの部下たちの顔を照らす。こんなに追いつめられた状況でも、みなの表情は感心するくらい冷静だ。

この地下道は宮殿の地下までつづいている。明かりが届かないので先まで見えないが、冷たく湿った石壁に反射する音の響きで、遠くまでつづいているのがわかる。

「宮殿にまだ陛下とマヤ様がいる。救出にむかうぞ!」

先頭をきって歩みだすが、部下はだれ一人ついて来ようとはしなかった。

「俺につづけ!」

彼らは無反応で、動きもせず、答えもしない。それなら一人で行ってやる、と思ったとき、やっと部下の一人が口を開いた。

「行けません」

応答したのはラマダインという十七歳の少年だった。道場にいた頃から知っているが、彼は人一倍勇敢な男だった。南部のジャングルでともに戦ったこともある。

「どうしたっていうんだ? ヴァータナが攻められていて、王の命が危ないというのに、おまえたちは怯えて動けないのか?」

兵士たちはもの言わぬ石像のように押し黙っている。アシュラムはラマダインの肩をつかんで揺さぶった。

「おまえはこれでいいのか? ラマダイン」

すると彼は悲しげな顔をして首を横に振った。

「隊長。俺は死んでるんです」

勇敢だったラマダインは、まっ先に敵陣に踏みこみ、まっ先に死んだ。少ししゃかりきだったが、まっすぐな性格でいい奴だった。

集まった兵士たちの後ろのほうに、ジェダが立っていた。口から血を流し、苦悶の表情を浮かべている。ほかも改めて見ると、全員負傷していた。腕の肉がえぐれている者、胸に何本も矢が突き刺さっている者、刀傷から内蔵の飛び出している者、体の半分以上が火ぶくれになっている者……そして、ラマダインの首はなくなっていた。

墓穴のような地下道に、ジェダの悲痛な声が響いた。

「俺たちは勇敢に戦って戦死した。それなのに、おまえは──」

 

次の瞬間には、自宅のソファーに横たわっていた。

まだ心臓が壊れそうなくらい激しく鼓動している。妙に赤々とした光が窓に差していたので、とっさに火の手があがっていないか見てしまったが、普段通りの庭があるだけだった。手入れを怠っているので、また雑草が伸びている。ちょうど昇りはじめた朝日が、夜露を浴びた草むらを照らしているところだ。

全部夢だ。ヴァータナが燃えているのも、テロリストやトゥミス軍が攻めてきたのも、夢だったのだ。現実じゃない。

テーブルの上には飲みかけのニギルム茶があり、監査結果の報告書や逮捕された官吏の供述書などが広げたままになっていた。読んでいる途中で眠ってしまったのだ。薄明かりの中、ロウソクはとっくに小さくなって消えている。

アシュラムは冷めたニギルム茶を一気に飲み干した。深呼吸してソファーにもたれかかる。

虚空を見つめ、身支度をはじめる前に、ぼんやり思考停止していると、テラスの方からガサガサ音がした。途端に緊張が走り、反射的に足もとの刀に手をかける。そのまま足音を立てないようにテラスに近づき、外をのぞいてみたが、だれもいなかった。警戒しながら、テラスに出る。

音のするほうを確かめてみて驚いた。以前鳥の巣があったのとまったく同じ場所に、また同じような小鳥が巣を作っていたのだ。美しいつがいのインコが、せっせと小枝などを運んで仲良く巣作りしている。

それを見ていたら、数ヶ月前のマヤと自分のことを思い出した。

「今度はしくじるなよ」

鳥たちにむかって言った。
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