16章 片目の男 (2/3) ~ 沈みゆく船

 

  * * *

 

ザレスバーグを出航して二日目の真夜中。

船室の中で、カラスは叫び声をあげた。

「どうした?」

部屋の外に立っている見張りの男が、慌てて声をかける。が、返ってくるのは悲鳴だけだ。それも今にも死にそうな声である。床の上をのたうつような物音も聞こえる。

「大丈夫か!? どうしたんだ」

気になって男が鍵を開けて中をのぞくと、部屋の中に囚人の姿がない。そして次の瞬間には、男は酒瓶で頭を殴られて気を失ってしまった。

カラスは男が気絶したのを確かめて中に引きずりこむと、身につけているものを探った。ドアの真横に張りついて、この機会をうかがっていたのだ。イェルサーガの隊員は二人しかいないので、囚人の監視に不慣れな船員を見張りに立たせていた。刀ではなく、だれでも扱いやすい棍棒をさげている。割れた瓶を棍棒と持ち替え、船室の鍵を見つけると、外に出て鍵をかけ直した。あいかわらず魔法が使えないままなので、こんな武器でもないよりましだ。

一度はヴァータナに戻って王の前で弁明しようと思ったが、やっぱり気が変わった。目指す宮殿はこの船上より遥かに危険だ。運よく疑いを晴らせたとしても、自由になれるかどうかわからない。死刑に追い込みたがっているような奴が待ち構えているのだとしたら、このまま黙って処刑台に近づくより、今ここでわずかな望みに賭けたい。

盗み聞きした船員たちの会話通りなら、この船はちょうど今、ナビリア諸島を通過中だ。以前乗った客船から、この海域の景色を見たことがある。波の穏やかな海に、岩礁よりひとまわり大きいくらいの小島が百以上散らばり、船は岩の島々の間をゆっくりとすり抜けるように進んでいく。大海原の真ん中で船から脱出しても、陸にたどりつける見込みはないが、ここなら島から島まで大して距離がないので遭難することはないだろう。逃げるなら今だ。

このままだれにも気づかれないようにアシュラムを見つけだし、なんとかして檻から出して、二人で脱出する。これを逃したら、あとはいつ機会がめぐってくるかわからない。

狭くて暗い通路を進みはじめたそのとき、船が激しく揺れた。よろめいて、壁に手をつく。つづいて通路の先の曲がり角から慌ただしい足音がして、数人の船員がこちらに走ってきた。

見つかった!

とっさに近くにあったドアを開けて逃げこんだ。暗い室内にはたたんだ帆や樽が高々と積んである。重い樽を一つドアの前に押して、入り口をふさいだ。

どこかほかの場所に通じていないか、なにか使えるものはないか見渡すと、積まれた荷の奥で、格子状になってる天井の一角から灯りが漏れているのが目に入った。そこを外して上に行けるかもしれない。荷物の上に登って確かめようとすると、とんでもないものが目に入った。格子蓋の上に、こちらを見下ろすような格好で倒れた船員の死体が覆い被さっていたのだ。

部屋の外の廊下を、何人もの足音が通り過ぎていくのが聞こえた。どうも様子が変だ。こちらから姿が見えたのだから、むこうだって気づいたと思うのだが。

それから聞き覚えのある小さな発射音が数回して、人が倒れるような音と、うめき声があがった。

「これで全部か?」

と、男の声がする。それから少し離れたところでほかの部屋のドアを開ける音がして、別の男の声。

「捕虜がいなくなってます」

「探し出して殺せ」

カラスは天井の格子蓋を死体ごと押しあげて、上に出た。
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