17 白昼夢劇場
クリスタルのシャンデリアがかかった半円形の広間で、ティミトラはトゥミス風のダンスを踊っていた。背後には大理石の円柱がならんでいて、そのむこうは緑濃い晩夏の庭園だ。強い夏の日差しの残りわずかな光を受けながら、石柱に絡んだブーゲンビリアが炎のように咲き乱れ、ジャスミンは甘い蜜の香りを漂わせている。数人の楽士が脇で演奏し、踊り手が動くたびに、手足についた鈴が鳴った。肩には生きた大蛇をのせ、ほかに身に着けているのは、胸を覆う何本ものネックレスと、腰の前後に垂らした金魚のヒレのように薄い布だけだ。汗のにじむ熱い素肌には、繊細なレース模様が描かれ、踊り子の青い目は豹のように鋭い。妖艶に腰をくねらせたかと思えば、長い金髪を激しく振り乱す。
その姿は、雲のベールの下から恥じらいがちに肌をのぞかせる月ではない。自らの欲望を見境なく振りまいて、見た者の目をくらませる、ふしだらな太陽だ。
リュンケウスは、クッションを敷きつめた大きなソファーにもたれかかって、それを見ていた。手には赤ワインを満たした金の杯を持っている。もうじき計画は最後の詰めに入る。だからそれは少し早めの祝杯だった。
「素晴らしい!」
踊りが終わると、リュンケウスは杯をテーブルに置いて拍手した。それから給仕係の持ってきた毒入りの杯を、ティミトラに差し出した。
「俺の成功を祝して、君も飲め」
彼女の息はまだ荒く、のどが乾いている。が、重たい蛇をかごに戻して杯を受けとると、中身を床にあけてしまった。血のようなワインが、大理石の床に飛び散った。
「ワインはいらない。水ちょうだい」
すぐに召し使いが床を拭きにやってきて、給仕係が水を持ってきた。
「失礼だな。こんな女は──」
リュンケウスはクッションの下に潜ませてあった小型の銃を取り、ティミトラにねらいをつけた。プリモス製ではなく、普通の金属で作られた模造品のような銃だ。
「撃ち殺してしまえ」
ティミトラは驚いたあと、苦笑いした。楽士たちは動揺している。
「冗談でしょ? これくらいで」
「冗談だ。この銃で撃っても死にはしない。麻酔銃だからな。アデリーナ以外は、もう下がっていいぞ」
楽士と召し使いは逃げるように出ていき、リュンケウスとティミトラだけが残った。まだ銃を構えたままだ。
「悪かったわ。ごめんなさい。許して」
「謝っても、許せることと許せないことがある。俺は酒のことで怒ってるんじゃない」
リュンケウスが「連れて来い」と奥の部屋にむかって声をかけると、仕切りのカーテンのむこうから、彼の手下が入ってきた。よく知った人物を連れて。
「彼がだれだかわかるな?」
マヌの外交官、ニカルガートだ。彼とは今朝も会ったばかりだ。そのときはなんの問題もなかったのに、いまは拷問を受けたあとのようで、手下に支えられてなかったら立つこともままならないほどボロボロになっていた。自然体を装っていたティミトラの表情が、一瞬緊張で硬くなった。それでも素知らぬ顔をして、こう切り返す。
「わからない。だれ?」
リュンケウスは笑った。
「とぼけても無駄だ。こいつが君の正体を白状した。君がグレナデンとイスノメドラの娘だってことも。驚いたよ。母親には全然似なかったんだな。英雄の娘が、敵国の軍人になってたなんて、トゥミス市民が聞いたらさぞ嘆くだろう」
ニカルガートはティミトラと目があって、うしろめたそうな顔をした。
「君が今朝彼に会いにいったときに捕まえたんだ。あとをつけさせてもらってね。君は一年前から、このニカルガートに、俺の顧客や兵器の情報を流していた。そうだろ? ティミトラ」
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