17章 白昼夢劇場 (3/4) ~ ダリウス

 

 

それから実際に地下牢にいた時間はそれほど長くなかったが、ララにはとてつもなく長く感じられた。

夕方頃には牢を出て、別の部屋に移されていた。今度は地下室ではない。特等室と同じく、田舎娘には場違いなほど豪華な部屋だった。ララ一人では広すぎる天蓋つきのベッドの横には、黒ずんだ赤いバラの花束が飾られ、これからそこで起ころうとしていることの陰惨さを誤魔化すように、甘美な香りを漂わせていた。

ララは運びこまれたバスタブで入念に体を洗われ、かわいらしいが体が透けてしまうネグリジェに着替えさせられた。そして、銀の盆にのせた軽い夕食をあたえられたあと、ダリウスが部屋にやってきた。

彼はネグリジェを剥ぎとって、酷いことをした。

ララが抵抗しても無駄だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。ダリウスは太っているが、脂肪だけで体が大きいわけではない。もの凄い怪力で、ねじ伏せられたらひとたまりもなかったし、運よく拳が腹に入っても、ぶ厚い肉に守れているので痛い顔一つしない。それに、もしダリウスの手を逃れることができても、ドアのむこうでは手下が見張っている。泣こうが、わめこうが、劇場の客たちには聞こえない。

重苦しい房飾りのついた天蓋の中で、ララは夜通し死体のように横たわっていた。虚ろな瞳を天井のほうにむけ、自分の魂が体から抜けだして、上から見下ろしているような幻想を抱きながら。

胸の奥で、なにかが壊れた。

ララは夢の中に逃げこむように眠ってしまい、朝日の差しこまない寝室で、ダリウスの口づけで目を覚ました。歯を抜くような痛みは消えていたが、鈍痛は抜けきらない。抵抗したときにぶたれたところと、強く口づけされたところが、アザになっている。彼は「おはよう」と声をかけてきたが、あいさつを返したいとは思わなかった。

死んだような目をして動かないでいると、ダリウスは心配そうにのぞきこんできた。

「顔色が悪いな。疲れてるなら、なにか精のつくものを食べたほうがいい。なにか欲しいものはあるか? 体が温まるチョコレートなんてどうだ? なんでも欲しいものを持ってきてやろう」

昨夜の凶暴さとは打って変わって、劇場で話していたときと同じ親切で優しい口調だった。

でも芝居を観ていたときと今とでは、なにもかも違ってしまっていた。

乗るはずだった船は、もうトゥミスを発ってしまっただろう。

会いたかった人も、もういない。

長いこと、家に帰りたいなんて思わなかったけど、なんだかとても、魔の森が懐かしい。でも今の自分が魔の森に帰っても、場違いのような気がした。セトたちは今でもいい子にしているだろうけど、おばあちゃんがいなくなって、あそこも変わってしまったんだろうか? 魂の抜け殻のようになってしまったカシムは、ちゃんと立ち直れたかな?

おばあちゃんが亡くなって、カラスがカシムを殴って出ていった直後、カシムが言ったことがある。カラスにはずっと秘密にしていたことだ。カシムは、カラスが来てから急におばあちゃんが弱りはじめたのは、カラスにかかった呪いを、自分が引き受けたからではないか? と言っていた。生きてるあいだにおばあちゃんに聞いたときは、『そんなことはない』の一点張りだったが、カシムは『先生はカラスの身代わりに亡くなった』と考えていた。初めてそのことを打ち明けられ、なんの確証もなかったが、ララも、もしかしたら……と思った。でも、本人が帰ってきても、だれもその話は口にしなかった。あんなにカラスを毛嫌いしていたカシムでさえ、なにも言わなかった。みんな何事もなかったかのように振る舞った。気を遣っていたのだ。

ララはダリウスの友好的な表情を見て、少し考えたあと、「ありがとう」と言って微笑んだ。彼はララが思いのほかすぐに笑顔を見せたことに驚いていたが、とりあえず従順になったので満足したようだった。
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