この場所に、なにか答えがあるような気がした。かつて、おばあちゃんとおじいちゃんがここを訪れ、今はリュンケウスの持ち物になっている。そして、レネの兵器もこの中にある。入ったら無事に戻ってくることはできないような気がする。それでも、自分たちを翻弄したものの正体を、この目で確かめたかった。
振り返っても、追っ手は来ていない。断崖の上にはだれもいない。怖いくらい静かだった。潮風が草をそよがせ、波が岸壁に打ちつける音がする。あの演劇に描かれた三十年前と、変わらぬ音だっただろう。紫色の黄昏の空に、不気味な黒い尖塔がいくつもそびえている。
入り口の大きな門は開けっぱなしで、一見すると廃墟のようだ。
古城に踏みこむにあたって、なにも武器を持っていないことに気づいた。だがダリウスの手下たちがいる街にもう一度戻る気にはなれず、本能に導かれるまま中に入ってしまった。
中は窓がないからまっ暗だ。入り口からの光が届かないところは、完全な漆黒に塗りつぶされ、どうなっているのかがわからない。
魔法で手の上にかがり火を作った。
小さな火では数歩先しか照らせない。上を見ても、光が天井まで届かなかった。どこまでも無限に空間が広がっているように見えた。
なにが潜んでいるかわからない暗闇は恐ろしい。でもこれだけ暗ければ、いざとなったとき、火を消すだけで身を隠せる。逆手に取ればかえって好都合だ。
歩きだして、入り口から遠ざかっていくと、背後に気配を感じた。とっさに振り返っても、だれもいない。耳を澄ませても、なにも聞こえない。自分が入ってきた入り口が遠くに小さく見えるだけだ。心臓がバクバクいっている。
ララはなにもないところで勝手に怯えている自分に気づいた。
もっと冷静にならなきゃ。無闇に怖がる必要なんてないんだ。
深呼吸して気を鎮め、再び探索を開始した。
最初の広間を過ぎると、急に狭い通路ばかりになった。部屋はあまりなく、廊下は入り組んでいて、幅や天井の高さが唐突に変わったりした。横歩きでないと進めないほど細い通路や、屈まないと通れないほど天井の低い通路もあった。ここは『古城』と呼ばれているが、中はまったく城らしい構造はしていなかった。どこまでいっても通路ばかりでどこにもたどり着かないし、やたら複雑で規則性がない。外に通じる窓がないので、圧迫感と閉塞感を感じて、気分が悪くなる。
まるで、金属製の巨大な迷路の塊の中を歩いているようだ。
三人の英雄がここを攻略する前、ここへ入って戻ってきた賞金稼ぎはいなかったと聞いている。もしかしたら賞金稼ぎたちはキルクークに殺されたのではなく、迷路で迷って死んでしまったのかもしれない。
入り口が開けっぱなしで見張りも立っていなかったのは、そのせいなのでは?
そう考えるとぞっとした。
見通しのきかない迷路を歩きつづけるうちに、気分の悪さは増してきて、めまいがしてきた。寒気がするのに首の後ろを大量の汗が流れてく。ここまで走ってきたから汗をかくのは当然だと思っていたが、中に入って歩きだしてからずいぶん経つ。息も上がっていないし、暑いわけでもない。
ララは不快な汗を拭った。
少し生臭さが鼻をつく。
手を明かりにかざして見ると、べっとり血がついていた! 汗ではなくて血だったのだ。
恐る恐る髪の中を探ってみると、鋭い痛みが走った。さっき頭を打った時に傷ついたのだろう。妙なことに、触るまでまったく痛みは感じていなかった。
でも、こうして動けるし、大した怪我ではないのだろう。始祖鳥が墜落したときも頭を打って血が出たが、額を少し切っただけで、すぐに治ってしまった。
血を見て一度動揺してしまったせいで、さっきまでかろうじて覚えていた道順を忘れてしまった。来た道のりを思いだそうとしても、あやふやでこんがらがってしまう。
ドキリとした。迷子になってしまった。
また大きく深呼吸してみる。
そして、さっきまでの進行方向へと歩きだした。どうせ迷うなら、戻るより進んだほうがましだ。
入り組んだ通路をしばらく当てずっぽうに進んでいると、強烈な異臭が漂ってきた。
かがり火を大きくして行く手を照らすと、二手にわかれた道の一方に、斧とボーガンを持った二体の怪物の死骸が転がっていた。刃物のようなもので、頭と首を斬られている。
私以外にも侵入者がいたのだ。
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