18章 無駄な努力 (2/4) ~ 不意打ち

 

断崖の上の草地には、意外にも警備は一人も立っていなかった。そのかわり中に侵入できそうな窓は一つもなく、正門らしき黒い扉は固く閉ざされていた。背の高い扉は奇妙な文様で埋めつくされ、歯車のようなものが周囲にあって、入り組んだ管や線が、血管のように四方に広がっている。わかりやすい取っ手や鍵穴はなく、かわりに扉の脇に、なにかの記号が規則的に刻まれている部分があった。触ってみると、記号がうっすら薄紫色に光った。

どこかで見覚えのある形だ。エンゾの湖畔で殺した男の覚え書きにあった、古代文字と似ている。あの覚え書きはザレスバーグで捕まったときに荷物と一緒にとられてしまったが、書いてあるのは四文字だけだった。脳みそを絞って、どんな形だったか思い出す。

試しに似ている記号を探して指でなぞってみると、古代マヌ語で『地獄』という単語が、今度は赤く光った。

歯車がまわりはじめ、重そうな扉がゆっくりと、ひとりでに開いていく。落日の黄色い光がまっすぐ床に差しこみ、細長い光の帯の中に、いやに黒々とした自分の影が伸びていった。

中は一面プリモスの黒い床と天井で、まっ暗ながらんどうだ。もう人のものなのだから、もう少し人の気配があって、明かりくらいついてるのかと思った。とりあえず見える範囲に目を凝らすと、入り口の横に松明とマッチが置かれているのだけは見つかった。カラスは魔の森でやったように目印を残していくことを思いつき、ポケットいっぱいに小石を集めてから、先に進んでいった。

古城の中は迷路そのものだったが、今はその奥深くに踏みこんでいくことに恐怖を感じない。それくらい神経が昂り、逆立っていた。興奮で血が沸きたち、ゾクゾクする。漆黒の闇の中でも、カラスの目は夜目がきく狼のようにギラついていた。

分かれ道のたびに、小石を一つ目印に置いていく。歩きだしてから数分とたたないうちに、曲がり角で怪物に出くわした。ぬめつく肌にブタ鼻をした化け物が二体、斧とボーガンを手に襲ってきた。

カラスは手前にいた怪物の目に松明を突っこみ、二体同時に電撃を放った。怪物たちは電流をくらって少し痙攣したが、それだけで簡単に失神して倒れたりはしなかった。けれど魔法には鈍感でも、怪物たちの動きはあまり素早くない。カラスは目を焼かれてもがく怪物の頭をねらって、刀でとどめを刺した。そのあいだに少し奥にいた一体が、矢を放ってくる。カラスは敵の巨体を盾にしてよけ、次の矢が放たれる前に、射手のうなじに刀を振りおろして、焼けこげるまで放電した。

カラスは動かなくなった敵の体で、刀についた悪臭のする緑色の粘液をこそげ落とした。魔力を使ったせいで一気に疲れが増し、息を切らして両膝に手をつく。道はあいかわらず何本にも分かれていて、目印もなにもない。でも門番がいるということは、やっぱりその方向になにか守りたいものがあるんじゃないのか? 垂れてきた汗を拭うと、カラスは敢えて怪物が来た方向に足を進めた。
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