* * *
アシュラムはうずくまって頭を抱えていた。
目を閉じて、呼吸を整え、乱れた心を鎮めようとする。
しばらくして顔をあげ、カラスの姿がなくなっていることに気づいた。
血痕が床の淵までつづいていた。リュンケウスのほうを見ると、自分の靴とズボンに飛び散ってしまった返り血を気にしている。
「落としたのか?」
責める口調だったので、リュンケウスは振り返って、
「もう勝負はついてました」と言った。
「とどめを刺してやろうと思ったのに」
あのままじゃ、苦しんで死ぬ。
「放っておいても、すぐ死にます。お見事でした」
そう言うと、彼は磨きあげられた革靴についた血を、神経質に拭いはじめた。
アシュラムは立ちあがって刀の血を拭い、鞘に収めた。それからカラスが蹴った刀を拾いにいった。
鞘から少し刀身を抜き、白銀の輝きを確かめる。鏡のような刃に、疲れきった緑色の目が映りこむ。
湖畔で刀の使い方を教えてやったときのことを思い出した。さんざん嫌味ばかり言っていたくせに、あのときは俺に憧れてる少年みたいな目をしてたっけ。刀のほうも、子供の遊びみたいだったな……。
彼には気の毒なことした。
もの思いに耽っていると、リュンケウスが声をかける。
「後悔なさってるんですか?」
「いいや」
アシュラムは刀身を鞘に収め、また帯にさし直した。
そのときまた一つ大きな建物が倒壊したので、リュンケウスは映しだされた影のほうにむき直った。
「あれは──ダリウスの劇場だ! ハハハッ、これでもう座長はつづけられないな。いい気味だ」
もう劇場から逃げる人影はなくなっていたが、正面の石段には、舞台衣装を着たままの死体が転がっていた。
「せっかくなんだから、ほかの街の様子も映しましょうよ」
興奮した口調で彼は言う。その表情は生き生きとしていて、劇場で喜劇を楽しんでいる観客となんら変わらない。
アシュラムは無表情のまま、また玉座の肘かけに座り、総仕上げの呪文を唱えた。自分の口から出る呪文は単なる言葉でしかないが、同じ言葉を神王が口にした途端、魔法になる。クレハが呪文を復唱すると、街に降り注ぐ砲撃が止まった。
まだ混乱した人々の声は聞こえてくるが、爆撃音が止んで急に静かになった。
リュンケウスが異変に気づいて振り返った。
「どうして攻撃を止めたんです?」
「もうこれくらいにしとこう」
リュンケウスはもの足りない様子だが、
「それじゃあ、次の計画に移りますか」と言った。
「いや、いいんだ」
アシュラムの態度の変化に気づき、リュンケウスは不審そうに問いかけた。
「『いい』とはどういうことです?」
「世界中にあるプリモス兵器を一つ残らず無効にした。もうどの銃の引き金を引いても光線は出ない。爆弾も爆発しない。全部ゴミになった」
武器商人は一瞬言葉を詰まらせ、相手の言葉の真意を計りかねたようだった。さっきまでの興奮がみるみる引いていく。
「そんなことができるなんて聞いてない」
「言ってないからな」
「話が違う。理想の国を作って王になるんじゃなかったんですか? もうすぐ夢が叶うんですよ。それを仲間を殺したぐらいで、動揺してあきらめるんですか?」
プリモスの翼が空から堕ち、地面に激突する音がした。アシュラムは笑った。
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