最終章 ユニコーン (3/3) ~ あたたかい手

 

  * * *

 

長い夢から目が覚めた。

最後に見えたのは、リュージュの屋敷の鉄門だった。あの花壇には、今でもだれかが花を植えるのか? それとも、もうとっくに潰されてしまっただろうか。

カラスはぼんやり天井を眺めたまま、しばらく自分がだれなのか思い出せなかった。

斬られて、落とされて、体がなくなってしまってから、不思議なオーロラの中で、無数の魂が、自分の中を過ぎていったからだ。

そのとき見えたのは、さまざまな人間の生々しい記憶の断片だった。それらの思い出は、外から聞かされる単なる出来事としてではなく、すべてが自分の内に起こったことのようにはっきりと感じられた──怒りも、恐怖も、喜びも、遠い日につないだ手の感触や、靴の中に入ってしまったほんの些細な小石の痛みまで……。あらゆるものが流れつき、流れでていくその岸辺では、すべてのものが我が身の一部だ。

 

それから、潮の香りのする風が、たった今本当に鳴いている海鳥の声と波音を運んできて、ようやく、自分がいる場所を思い出した。

ここはザレスバーグ近くにある海辺の小屋だ。

古城で死にかけてから、今はじめてはっきりと目覚めたが、自分が得体のしれない怪物になってしまったときのことや、そのあと起こったことは、すべて知っていた。

俺はアシュラムを飲みこもうとして──結局、そのとき口に入ったアノマニーの血のせいで、呪術が解けて、すぐにもとの体に戻ってしまったのだ。

それから、ララが俺を揺り起こそうとし、怪我をして気絶していたアシュラムを叩き起こした。それでもずっと眠りっぱなしだった俺を、二人は苦労して城から運び出し、また人間らしい服を着せ、街の混乱を避けて、この小屋に寝かせてくれた……。

 

ここは以前ララを置いていった小屋に似ていたが、同じではない。まわりは薄い木の板を並べただけの壁に、釣り竿や網などがかかっていて、まだ新しそうな小舟と、魚の干し網などがあった。いくつかある雨漏りしそうな天井の隙間からは、木漏れ日のようにやわらかな光がさしこんでいた。扉のない出入り口のむこうに見えるのは、まぶしい砂浜と、どこまでも広がる青い海だけだ。

俺はまたマヌケなドジを踏み、命がけの呪いに失敗してしまった。けれど、全然がっかりはしていない──ほんの少しも。

カラスはもとに戻った自分の手を見あげた。不思議なことに、斬られた怪我も、ずっと消えなかった腕の傷痕も消えている。

横をむくと、砂の上に敷かれた毛布の上で、ララが寝息をたてていた。バラ色の頬をした愛らしい寝顔を、赤い巻き毛が縁取っている。息をするたびに体がかすかに上下して、その唇にははっきりと瑞々しく血の気がさしていた。

苦しいほど胸が高鳴る。

思いきり抱きしめて笑いだしたい気分だったが、ララが気持ちよさそうに眠っているから、やらない。

生きているのをもっと確かめたくて、起こさないようにそっと触れてみる。

その手は、とても温かかった。

ララは少し触れられただけで目を覚ましてしまい、眠そうにまぶたをこすりはじめた。

カラスは傷痕のなくなった若々しい青年の顔いっぱいに心からの笑みを浮かべ、

「おはよう」と言った。

ララも嬉しそうに、「おはよう」と返す。

たぶん、こうしているうちにも、外は酷いことになっている。

でも今は、猛吹雪のなか、温かな暖炉の前で過ごす安らかなひと時のようだった。

今はただ、この温もりを分かちあっていたい。

きっともう俺たちは、迷い子を導くユニコーンや、幻のような不滅の星や、狼なんかに、道をたずねる必要はないだろう。

もう大丈夫だ。

これからは俺たちの力で、道を切り拓いていくのだ。