エピローグ ~ 消え去るもの、残るもの

エピローグ

 

 

〝謎の大虐殺〟が起こり、プリモス兵器がただのゴミと化してから、戦争はなくなるどころか、ますます増えた。

それまで帝国の武力によって抑えつけられていた者たちが、広大な領土のいたるところで反乱を起こしはじめたからだ。まずは傭兵団や逃亡奴隷、特権をあたえられていなかった非市民が暴徒と化し、独立しようとする属州も蜂起して、破壊をまぬがれた国土も、すぐに国とは名ばかりの無法地帯となった。

やがて、巨大な倒木から新芽が萌えいずるように、いくつもの小さな国々が勃興すると、無法者たちは霧散した。そして、今度は小さな国同士の戦争が、いたるところで繰り広げられた。

そのあいだにも森の開墾はさらに進み、かつてチタニア人と呼ばれた人々は、もうそのような言葉では呼ばれなくなっていった。さまざまな土地に散らばって混血を繰り返すうちに、その血は街や村々に溶けこんで見分けがつかなくなり、いつしか、かつてのように悪霊蠢くチタニアの大森林も、〝チタニア〟という言葉そのものも、消えてなくなってしまったからだ。

そして、ほんの一握りの人々だけが、寒すぎてだれも欲しがらない、北の果てのオーロラの森に帰っていった。

 

その一方で、マヌ王国のテロリストは目立った暴動を起こさなくなり、マヌの政情は安定期に入った。

西側の世界では〝謎の大虐殺〟と呼ばれている出来事を、マヌ教徒だけは〝審判の日〟と呼ぶ。マヌの民の窮状をお嘆きになった神々が、伝説の救世主レネを再びこの世に遣わし、自分たちを救ったのだ、とマヌ人たちは信じていた。

マヌ王やヴァータナの高官たちは、最後の審判を下した張本人がだれなのか、気づいていたが、公表はしなかった。あれだけ死者をだした大惨事が、神ではなく、生身の近衛兵の仕業だったなどと知れたら、ヴァータナは無事では済まない、と考えたのだ。

王は敵が弱っている隙に、大地の裂け目の西側まで領土を拡大しようとは思わなかった。大昔から、そしてこれからも、大地の裂け目の東側だけがマヌ人の世界のすべてだ。

敬虔な人々は何世代にも渡って、この世に舞い降りた神がかりの救世主が、どこかから自分たちを見守っていると信じつづけた。

 

長い歳月が流れ、トゥミスの都があった場所は、完全なる荒れ野と化した。宮殿や凱旋門はがれきとなり、そのがれきも草に埋もれた。かつての栄華を知る人たちの末裔は散り散りになってしまい、ずっとあとになって、まったく関係のない漁民などがそこに住むようになった。

それでも一つだけ、何百年も前から変わらず、そこに残っていたものがある。

 

海をのぞむ切り立った断崖の上に、まっ黒な古城があった。

それは紺碧の海を照らす明るい太陽の下、仕事を終えて陸に帰ろうとする漁師たちの視界の端に、いつも不吉な黒い影のようによぎる。

無数の尖塔が空を突き刺す、近づく者もないその場所では、草原を渡るかさかさとした風の音と、打ち砕ける波音が響き、海鳥が寂しげに鳴いている。

迷信深い人々はその建造物を、悪魔の巣食う呪われた城、と呼んで恐れている。

しかし、思慮深い者なら、もっと別の言い伝えを信じるだろう。

遥か昔、この地を栄えさせた異民族たちの伝説が、今もかろうじて歴史を語り伝えている。

 

【完】

 

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