3章 迷いの森 (6/8) ~ マヌの神話

「今日は太古の昔、大地を支配していた神々しい生き物たちが、なぜ地上から姿を消したか話しましょう。

昔々、まだ人間たちのだれも魔法を使えなかったころ、人間は巨人やドラゴンたちに支配されていました。彼らはこの世界の誕生とともに生まれ、はかり知れない力と英知、そして不死に近い寿命を持っていました。そして彼らは食料として、人間という生き物を創造しました。

人間たちは家畜として飼われましたが、まだ言葉を持っていなかったので、自分が何者か考えることはありませんでした。自分というものがこの世に存在しているということも、家畜として飼われているということも、わかっていませんでした。毎日ひたすら食べて、寝て、増えて、なんの悩みも持たずに生きていたのです。

あるとき、怠け者の巨人が、人間を食べるだけでなく、奴隷としても働かせようと思いつきました。ですが働かせるとなると、言葉がわからなければ命令できません。そこで、巨人は人間に言葉をあたえました。はじめのうちは、『待て』『持て』『運べ』などの簡単な命令を理解するだけでしたが、言葉が言葉を呼び、人間たちは自ずと複雑な会話まで理解できるようになっていきました。

そしてある日突然、雷にうたれたように、一人の人間の心の中に、重大な問いが生まれたのです。

『私は何者なのか? なぜ生きているのか?』

彼は人類で初めて、自分自身に名前をつけた人間になりました。彼の名はオーゴ。オーゴは自らの存在を知り、自分が家畜であり、いずれ飼い主に食べられる運命であることを自覚しました。それからというもの、彼はいつも死の恐怖に怯えるようになりました。そして、その恐怖や疑念は、ほかの人間たちにも瞬く間に伝わっていきました。以来、人々は自分の名前を持ち、常に消えることのない不安にさいなまれるようになったのです。しかし、抵抗する力はまだありませんでした。

それからまた長い時が流れ、ある晩、巨人の一人が禁忌を破って、家畜である人間の女と交わりました。彼女の名は、ウーマ。ウーマは巨人の力を得るために、巨人を酒に酔わせて誘惑したのです。一度子種を得ると、彼女は一日に百人の子供を、死ぬまで産みつづけました。そうして生まれた子供たちはみな魔力を持っていて、それはさらに子孫へと受け継がれていきました。魔力を持った人間はどんどん増えていきました。やがてその中から魔術を操る者があらわれ、魔法を武器に大いなる生き物たちに反旗を翻しました。

魔法使いも、そうでない者も、人間たちは力をあわせて戦いました。ですが、巨人やドラゴンたちは強いのでなかなか歯が立ちません。戦いの中で、人間側にも強力な魔法使いが何人もあらわれました。

そしてその中からとうとう人類を救う救世主が出現したのです。

救世主レネの呼びかけで賢人たちが一同に会し、大いなる生き物を倒す兵器を作り出しました。完成させるためには、国が一つ滅ぶほどの大量の生け贄が必要でした。ですがレネの説得で、生け贄に選ばれた人々は、自分のたった一つの命を、さらに多くの人を救うために、喜んで捧げました。

レネの作戦は成功して、大いなる生き物は地上から姿を消しました。でも同時に、それまで人間のそばにいた心優しき妖精やユニコーンも、戦火を恐れて逃げていってしまいました……」

そのとき、イフィーがいきなり的外れな質問をした。

「なんでユニコーンって角が生えてるんだ?」

「話の腰折るなよ」

もどかしげなカシムの声がした。

「鹿みたいに、あれでケンカするのかな」この蚊の鳴くような声はウルマだ。

「神聖な生き物がケンカなんかするはずないよ」これはセトだ。

「じゃあ無駄に生えてるの? 飾り?」ララが言った。

「ユニコーンの角には、不思議な力が宿っているの。古い本では『罪なき願いに応え、闇を打ち破り、迷い子の行く手を照らす者』と書かれてる。昔話によっていろいろな描かれ方をしているけど。彼らは穏やかな場所や、愛のある心が好きなのよ──綺麗な水じゃないと生きていけない魚みたいに。だからそういうものを守ろうとするんじゃないかしら」

リチェが答えると、またイフィーが、

「で、ユニコーンにはなんで不思議な角が生えてるんだ?」

「それは神様がおあたえになったからとしか答えられないわ」

「なんでおあたえになったんだろう?」

「神様にしかわからないよ」

セトがリチェのかわりに答えた。

「なんで?」

「神様じゃないんだから、わかるわけないだろう」

カシムが業を煮やして言った。それから、また「なんで?」と聞かれる前にリチェにたずねた。

「先生、レネたちはそのあとどうなったんです?」
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