5章 反逆者 (4/5) ~ 氷男

氷の杭は胸に深々と突き刺さって致命傷になっている。息をつくのもやっとで、瀕死だ。けれど自分よりずっと背丈のある大人の男を抱えて逃げることはできない。肩を貸せばなんとか自力で立ちあがれるだろうか?

うろたえながらも、ララが手をのばしかけたとき、ヒゲ男が身をのけぞらせて悲鳴をあげた。

血のにじんでいた胸の傷口が凍結し、そこからどんどん体が凍りついていく。辺りの霧がさっと男に集まり、体の内側から次々と氷の角が突き破るように生え出した。その中の一本が触手のようにのびて、とっさに身を引いたララの足首を捕らえた。

「フィアラ!」

炎で氷を融かそうと試みる。が、強力な魔法で作られた氷は、そう簡単には溶けてくれない。氷は床にも根をはっていて、ララは足をとられてその場から身動きがとれなくなってしまった。氷が足首まで包みこんで、冷たさで痛い。まわりでチラチラとダイヤモンドダストが輝きだす。この場所自体、もう冬のチタニアのように寒い。そして氷は溶けないどころか、足をどんどん上に登ってくる。

これ以上氷に体が侵食されないよう、ララは自分の体を火だるまにした。炎の魔法を扱える人間は、火に傷つけられることはない。服が黒こげにならないようにすることもできる。もう脛まで氷に包まれていた。

ヒゲ男の体はすでに指の先まで凍結し、自分の体から生えだした氷に取りこまれてしまっていた。琥珀の中の虫のように、死の瞬間の苦痛に満ちた表情のまま、透明な氷の中に閉じこめられている。ララは、その氷が石床を這いながらさらに周囲に広がっていることに気づいた。凍りついた湖面のように、徐々に足もとを覆いつくしていく。

「ララ!」

カラスは取り乱した声をあげながら引き返した。

「ダメ! こっち来ちゃダメ!」

氷の床は広がりつづけ、始祖鳥の足を冷気が侵食していった。始祖鳥は耳をつんざくような鳴き声をあげ、滅茶苦茶に羽ばたいた。でも傷ついているせいで飛べないのだ。なす術なく羽が霜に覆われ、氷に飲みこまれていく。

カラスも氷の侵食に気づいて足を止めた。侵食を止めるには、銀髪の男を直接攻撃したほうがよさそうだ。しかし男は身を隠したまま姿をあらわさない。

男がさっき隠れた木箱の裏を攻めに行った。が、もうそこに男の姿はなかった。どこか別の場所に隠れているのだ。倉庫の中は、どちらをむいても荷の入った箱が高々と積まれて死角だらけ。そのうえ霧が濃くなっているので、ますます視界が悪くなっていた。

猛烈な冷気の中、ララは呪文を唱えつづけて、なんとか身にまとった火の勢いを維持していた。

カラスが霧のむこうに目をこらしていると、一瞬倉庫の奥のほうから、物音が聞こえてきた。すぐに駆けつけ、積まれた箱の裏を探したが、術者の姿はない。氷面は広がり、いつのまにか出口への道筋をふさいでしまっていた。始祖鳥は巨大な氷の象と化し、カラスは気がつくと壁のほうへと追いつめられてしまっていた。

とっさに近くの木箱の上に乗った。床は完全に氷張りになり、箱の下から氷が生えだしてきて箱を凍りつかせる。カラスは追われるままに、積みあげられた木箱を上へ上へと登っていった。氷もすぐに追いついてくる。ついに一番てっぺんまで登りきってしまい、倉庫全体を見まわすと、恐ろしいものが目に飛びこんできた。

銀髪の男が、燃え盛るララの目の前で刀を構えていた。魔法ではなかなか死なない相手に、刃物で止めを刺そうとしているのだ。男は手を下す前に、身動きとれないカラスのほうを振り返って、ニヤッと笑った。怯えて高いところに登りすぎてしまった猫のような姿がおかしかったのだろう。

「やめろ!」
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