5章 反逆者 (4/5) ~ 氷男

──が、追いつめられたカラスの目に、もう一人別の人影が映った。いつの間に入りこんでいたのか、アシュラムが男のすぐそばの木箱の陰に立っていたのだ。氷結した床の上に直接足をついているのに、まったく影響を受けていない。そしてアシュラムは、男がカラスに気をとられている隙に、背後から音もなく忍びより、素手で男の首をまわし折ってしまった!

男は倒れ、透明な甲冑がガラスのように飛び散った。これも氷だったのだ。

同時に倉庫内を覆いつくそうとしていた氷の侵攻も止まった。

カラスは慎重に氷に足をおろすと、大急ぎでツルツルした床を滑りながらララのもとに駆けよった。術が解けると、ララの足の氷も、普通の氷と同じように融けだしていた。

「大丈夫か?」

「うん。足の感覚がないけど」

しゃがんで冷えた足をさすったが、すぐに逃げられてしまった。

「大丈夫。魔法で火だけじゃなくて熱も出せるから。すぐにあっためられる」

その口調は棒読みで、たった今目の前で起きたことを、頭の中で処理しきれていないような表情だった。自分の足よりアシュラムのほうが気になるらしく、そっちを見ている。アシュラムはたった今殺したばかりの死体の持ち物を探っていた。

「よく氷の上に立ってられたな。どんな魔法使ったんだ?」

「魔法じゃない。私はアノマニーなんだ。魔法が効かない」

「めずらしいな。一体どっから入った?」

「裏口から」

冷静になって考えてみたら、当たり前すぎる解答だ。なのに必死で氷から逃げているときは、ぜんぜん裏口なんて発想が思い浮かばなかった。

「箱の陰になってるけど、あっちにある」

アシュラムはそう言って倉庫の奥を指差した。カラスは急に恥ずかしくなった。

ララから「始祖鳥も仲間の人も死んじゃったけど、どうするの?」と聞かれると、アシュラムは無惨な氷塊と化したヒゲ男に痛ましげな視線を落とし、

「念のため、別の場所にもう一羽用意してある。心配ない」と言った。

「用意いいね。追っ手まで殺しちゃって、これであんたも立派な反逆者だ」

カラスは気まずさをごまかしてぼやいた。とくに意味もなく言ったのだが、

「こいつ、追ってきたのか?」

アシュラムにそう聞き返され、銀髪の男が倉庫の中で待ちぶせしていたことを思い出した。

「ううん、最初から中に隠れてたみたいだった」ララが答えた。

「どうなってんだ?」

「今考えてる時間はない」

アシュラムは険しい顔をして話を中断した。

三人は開きっぱなしの正面扉から倉庫を出た。再びバザールのそばを横切っていると、バザールの屋根をはさんだ反対側で、松明が揺れ動いた。追っ手の兵士だ。すぐにマヌ語の叫び声があがる。

「まずい、見つかった!」

数人の兵士が、柱の立ち並ぶ屋根の下を走ってくる。カラスとララは、アシュラムにつづいて迷路のような細い路地を走り抜け、家畜臭い場所に出た。そこはクワッパーの停車場だった。たくさんの客車が並び、小屋の中では鞍や手綱を外されたクワッパたちが干し草に埋もれて眠っている。その前を通り過ぎ、別棟の納屋の引き戸を開けると、すでに乗れるよう鞍をつけて準備された始祖鳥が、窮屈そうに翼を折り畳んで休んでいた。

先頭にアシュラムが乗って手綱を取り、次にララ、一番後ろにカラスがまたがった。

「しっかりつかまってろよっ」

そう言ってアシュラムが翼のつけ根を専用のピックで突っつくと、始祖鳥はぎりぎりの狭さの入り口を通り抜け、大きな翼を広げた。手前まで駆けつけていた兵士たちが、巨大な怪鳥に突進されて仰けぞった。始祖鳥は空気をつかんで羽ばたき、力強く大地を蹴って飛翔した。
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